2017.06.26 (Mon)

恐怖の蓋びらき

朝食をとる。
と言っても、ぼくは毎日朝食をとっているわけではないが、気が向いた時にたまにとっている。
そして出勤する。
職業柄、出勤時間、出勤場所は不規則だけれど、大体はお客様の宿泊するホテルに向かう。
自宅からプラハ市内にあるほとんどのホテルへの平均所要時間は30分から40分ぐらいだ。
家を出て、バス停まで歩き、最寄の地下鉄駅で降りて地下鉄に乗り換え、その日の集合場所ホテルに向かう。
30分から40分、ちょうど良い時間なのかもしれない。
ホテルに到着する頃になると腸内活動が活発化されていて催してくる便意。
だからホテルロビーに入るとトイレに直行する。
さすがに女性トイレの内情は分からないが、男性トイレの場合、小さいホテルで小便器×2、大便器×1、中型ホテルで小便器×4、大便器×3、大型ホテルにもなると小便器×4~6、大便器×4や5あるのが普通だ。

大便器個室の空き状況を把握する方法は、通常ドアが開いていれば空き、閉まっていれば使用中である。だからドアの閉まっている個室のドアをノックする習慣は無い。もちろん超高級ホテルになると話は変わってくるが、大体どこも似たようなものだ。
つまりドアの開いている空大便器個室に入れば良いのである。

では複数空大便器個室があるとして、あなたはどの空大便器個室を使いますか?
蓋が閉まっている個室?
蓋は空いていて便座はおりている個室?
蓋が空き便座も上げられている個室?
気にしない?

ぼくは蓋空き便座あがり個室は先客がそこで小便をしたであろうと考え使用を避け、と言うのもそう言う個室は床が汚されている事が多い、蓋閉り個室、蓋空き便座おり個室は特に気にせずどちらも変わらずに使用していた。
しかし、ある時から蓋空き便座おり個室を使用するように変わってしまった。
そんな事気にせずどこでも良いではないか!とおっしゃるなかれ。
蓋閉まり個室の恐怖を覚えてしまったら、誰もが蓋空き便座おり個室を使いたがるのは間違いないのだから。

ホテルなどのトイレは不特定多数の人が使うわけで、誰もが清潔に使うとは限らない。
トイレを清潔に使うと言う観点を持っていない人もいるし、清潔に使いたくともその時の体調次第でヤバイ人もいるのである。
以前、複数大便器個室のあるホテルで便意を催したものだから、トイレに駆け込み何も気にする事なく蓋閉まり個室を選んだ。
ドアを閉め、鍵を掛け、蓋を開けた。
蓋を開けた瞬間、ゔぁっ!オエ!と嘔吐しそうになってしまった。
そんな嘔吐くつもりはなかったのだけれど、蓋を開けたその中のお便器さまの素顔があまりにも想像を絶するお顔だったために、そんな気分になってしまったのである。
いつもは色白のお便器さまが真っ茶に化粧されていたあのお顔はあまりにも驚愕、そしてあまりにも醜悪すぎた。
そんな恐怖を想像できますか?
もし想像できたらみなさんもこれからは蓋空き便座おり個室を使用する事になるでしょう。

もし蓋閉まり個室を使用する時は、お便器さまは色白の時ばかりではないので心して蓋びらきを!

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07:16  |  くだらないけど・・・の話  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2017.06.21 (Wed)

あらら、やっぱり。

久しぶりにここを通りました。
お客さんがジョンレノンウォールを見たいとご希望があったからです。
ジョンレノンウォールから水車の見える小橋を渡っだ時、変化に気が付きました。

まず一言。
細田くん、残念でした。
やっぱり外されちゃいました。
あのNちゃんとの錠前。
せっかく番組で取り付けたのに、カギを水路に投げ捨ててまで。

Before




After


しかし、いたちごっこのようです。
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17:53  |  プラハを探す  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2017.06.03 (Sat)

Waldsassenの修道院図書館

ヨーロッパ道路48号線、いわゆるE48を走る。
プラハ、カルロヴイヴァリ、ヘブを抜けるとドイツとの国境だ。
国境を超えてすぐE48右手にはHohenberg an der egerと言う町がある。Feiler社タオルで有名な町だ。
今回はそこではなく、E48から左へ10kmほど車で行くとWaldsassenという町にたどり着く。
そこにはシトー会の修道院が堂々と建っている。


修道院の建物はバロック化されているが、もともとは1133年に設立された。
バジリカ内の装飾が美しすぎる。


この修道院で有名な場所が図書館だ。


有名な図書館なのだろうが、事実、私は存在を知らず、
たまたまGoogleマップでこの辺りを検索していたら見つかり、ぜひ本物を見に行こうと思ったのである。


写真撮影は禁止されているので、ガイドブックの写真で館内をお知らせしよう。
なかなかのインテリアである。


館内は全長25m、幅8.25m、天井までの高さ5.75m。
書棚に取り付けられている木像、書棚の装飾や隠し階段、天井のフレスコ画などとても美しく、そしてユーモアに富んでいる。


Feilerタオルを買いに行くついでにぜひ立ち寄ってみてはどうだろう。

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22:33  |  ドイツ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2017.06.03 (Sat)

Flossenbürg捕虜収容所

プラハから高速道路で西へ走る。
プルゼニュを過ぎ、国境を超えてドイツに入り、一番最初の出口で高速道路を降り、
国境に沿うように北上していくとFlossenbürgと言う小さな町がある。
国境からは直線距離だとほんの5kmしか離れていない。
この場所に1938年から1945年まで捕虜収容所があった。
延べ10万人の者が収容され、少なくとも3万人はここで命を失ってしまった。


収容者のほとんどはナチスドイツに対する反社会的政治犯と犯罪者たちである。
そして、ここに収容所を設営した理由は、ズバリ労働だ。
そばに花崗岩の採石場があり、そこで重労働を課せられた。
その花崗岩はベルリンなどに建設する豪華な建物のための建築材となった。


1943年からは軍需工場もでき、収容者は飛行機の部品の組み立て作業に従事させられ、軍需工場設立と共にバイエルン、ザクセン、チェコに90近くの準収容所が作られたのである。


1945年4月23日に米軍により解放されたが、1500人の致命的な病人しか残っていなかった。


収容者の中にはユシチェンコ元ウクライナ大統領の父親もおり、5か月ほど収容されていた。
そのため、2007年に収容所解放65年記念式典が行われた際、
元収容者84名と共にユシチェンコ元大統領も参加している。


その会報65年記念式典からかつての浴場で常設展示が始まり、
2010年からはかつての収容所の食堂を第2展示室として開館した。

アウシュヴィッツやダッハウほど知られている場所ではないが、
私が出掛けた時もドイツ人団体、チェコ人中学生らが見学に来ていた。

詳しく知りたい方は現地に出掛けて下さい。
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22:16  |  ドイツ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2017.06.03 (Sat)

PURO

どこで紹介されていたんだっけ…。
なんかで見たんだ。
で、今日、まさに日和だったので食べた。
ズムルズリナを!


ストロベリーとバニラ。

PUROとはイタリア語で清潔なって意味で、それ目指して営業するのがモットーであるようだ。

中心地ではカプロヴァ通りにあります。


andelatは最近長蛇の列だから、こちらも試してみてはいかがかな?
http://www.purogelato.cz/home/
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16:34  |  プラハで食べる  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)  |  編集  |  Top↑

2017.06.01 (Thu)

下も向いて歩こう

プラハ随一の高級ブランド店通りになったパリ通り。
旧市街広場を背に右手にはカルチェから始まり、ゼニス、ディオール、ボスレデイース、ベニ、ティファニー、ネスプレッソ、エルメス、フェンディ、ボッテガ、カロリヌムロレックス、プラダ、ロンシャン、エルメネジルド ゼニア、トリーバーチ、フェラガモ、モンクレール、ピンコ、ビーシービージーマックスアズリア、ロロピアーナ、リモア、ディーゼル、ドルチェアンドガッバーナ、インターコンチネンタルと続く。

片や左手にはロベルトコイン、ブライトリング、ルイヴィトン、ブリオーニ、オーデマピゲ、ハラダ、ジミーチュー、グッチ、パテックフィリップ、バーバリー、カロリヌム高級腕時計、トッズ、ブルガリ、セリーヌ、パジスカー17、旧新シナゴーグ、モーゼ像、ボスメンズ、エスカーダ、コス、アウトレットが並ぶ。


さらにパリ通り一帯はアールヌーボー装飾イッパイの建物が並ぶから、パリ通りを歩くとどうしてもショーウィンドウやファサードを見てしまうので目線は上向きになってしまう。
しかし、一度目線を下に向けてみよう。
それはなぜか?
華やかなだけでなく、忘れてはならない歴史を思い出させてくれるからだ。
それが写真にあるプレート。
石畳一帯の歩道にぽつりぽつりと小さなプレートがはめられている。


そのプレートをよく見てみると、ここで生活していたユダヤ人が、いつどこに強制送還され、いつどこで殺害されたかが記されているのだ。


チェコのテレジーンで殺害された人。
テレジーンからポーランドのトレブリンカ強制収容所に運ばれ殺害された人たち。
テレジーンから同じくポーランドのウッジに運ばれ殺害された人たち。
テレジーンからポーランドのオスヴェティン、ポーランド語オシフィエンチム、ドイツ語でアウシュビッツに運ばれ殺害された人たち。


そう、パリ通りのおよそ半分、そして周辺地域はユダヤ人街なのである。
華やかな気分が冷めてしまうかもしれないが、この場所で起こった出来事も事実なのである。


たまには下も向いて歩いてみよう。
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05:46  |  プラハを探す  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2017.05.27 (Sat)

2度目のプラハで紹介されたレストランはグッド!

私はミーハーである。
テレビ、ラジオで紹介された事物、有名人が食べた物、見た物、行った所、そういった物を見、食べる事に興味を覚える。
ましてやそれがプラハだったなら尚更である。

先日、2度目のプラハと言う番組を見た時の事、知っている人は多分、前回に続きまたそのネタか…と思うかもしれないが…、番組でNext doorと言うレストランを紹介していた。
インペリアルホテルのそばにある比較的新しいレストランである。
以前そばを通った時に確かに気が付いたが、店内も綺麗すぎるし、店名も英語名だし、高いだけのレストランだろうと気にも留めていなかったが、2度目のプラハで紹介されたのである。
だからそこはミーハー、行かねばならない。

番組では店のコンセプトを紹介していた。
それによると「150年ほど前にあった良きチェコ食文化を復活させる。」とあった。
なるほど、2度の大戦、そして共産党時代に良き文化が失われた事は事実である。
だからそれを復活すべく、1850年ごろのレシピの通りに古いチェコ料理を提供するという事なのだ。
紹介されていた料理で特に目を引いたのがザリガニのスープ。
昔はよく食べていたらしいが川の水質汚染などでザリガニがいなくなり、自然消滅してしまった料理との事だ。
これはもう絶対に行かなければならない。
という事で、ミーハー細矢これを食べるために今日、Next doorに行って来た。

そのザリガニスープ。


濃厚な色合い、ほのかなカニの香り、スプーンひとくち口に入れると少し薄い感じがしたが、食べ進めていくにつれ濃厚さが増していく。
これは美味しいスープだが、159コルナ。
なかなかの値段である。
しかし、それだけの価値はあると私は思った。

そしてメインはカモか仔牛かいろいろ悩んだ結果、スヴィチコヴァにした。
このソースの味で美味いか美味く無いかが判断できるからだ。
クネドリーキも別皿で運ばれ、皿に盛り付けてもらう仕組みで、クネドリーキは4枚きた。


まずソースをフォークで掬いひとなめしてみた。
ソースが舌先に着陸した瞬間、ソースの香りが口の中に一気に拡散された。
多分、今まで食べたスヴィチコヴァの中でもベスト3には入るソースだ。
そしてお肉も柔らかくソースに絡みやすく抜群だ。
220コルナぐらいでこれもなかなかの値段だが、旧市街地で同値段を払うのであればここはオススメだし、一度はここのスヴィチコヴァを食べでみて欲しい。


デザートはトヴァロフチーズのクネドリーキにケシの実のアイス。


とにかく他の料理も食べてみたくなる魅力的なレストランであった。


たまにはチェコ料理を、と言う方にオススメのレストランである。

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17:27  |  プラハで食べる  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2017.05.25 (Thu)

何度目のプラハ?

ある番組を観ました。
お小遣い予算4万円で3泊ぐらいするようです。

なるほどなるほど、勉強になる話題もあれば、
んんっ、首をかしげるものもある番組でした。
でもトータルでは面白い番組だったと思いました。
面白いと言っても日本からの旅行者にはですけれど…。
チェコ人が同じ過ごし方をするかどうかは微妙ですが、まあ、番組テーマのターゲットは日本からの旅行者だから、アリ内容です。

でも、これはチョットと思ったのがありましたので、クレーマー細矢一言物申します。
それは錠前鍵についてです。

カレル橋付近にの手摺り数か所には、いつのころからか錠前鍵がつけられるようになりました。
カップルが永遠の愛を誓うというアレです。
パリでも、どごでもあるあれです。

プラハでは確か2013年とからかな、それくらいから始まったと思います。
しかし、よろしくないという事で何度も業者が取り外し作業を行い、手摺りそのもの全てを取り替えてた場所もあるのです。


それにも関わらず、番組ではプラハはまだ施錠大丈夫という体で錠前を取り付けていました。
若者の流行りだとのことです。
ちなみに番組で紹介された手摺りも、以前、全く新しく付け替えられた手摺りです。
新しい手摺りになったのですが、それでもすぐに新しく錠前が取り付けられ、カップルの名前と日付が記されています。
名前を見ると外国人の名前がほとんどでした。
あとはイニシャルだけの錠前もあったので、チェコ人カップルはイニシャルしか書いていないのかもしれません。


日付は2016,2017年ばかり、まさに新しい手摺になった後につけられた錠前です。
番組では「話題提供しましたよろしく!」的に錠前を取り付けていました。


でもね、いつ取り外し作業があるでしょうか…。
ちょっと見ものです。
プラハに来るみなさん、感化されないでください。
錠前はつけないでくださいね。
どうせいつか外されますから。
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