2016.10.19 (Wed)

取り扱いの難しい負の遺産について

先日行ったこの家が取り壊されると言うニュースを読みました。


他にも記事があったけど、この記事を紹介します。
http://www.sankei.com/smp/world/news/161018/wor1610180007-s1.html

オーストリアのブラウナウに建つヒトラーの生家が取り壊される方針というニュースです。
取り壊す目的はヒトラー信奉者の聖地化防止のためだそうです。
分かります。
自治体の気持ちはよく分かります。
取り壊した後は新たな建物を建てて慈善もしくは公的な目的で自治体が使う予定のようです。

でも、建物が無くなってもこの場所が無くなる訳ではないので、跡地を見に来る者もいるでしょうし、取り壊す事によってより聖地化する可能性もあるのです。

吉とでるか凶とでるか。
あなたはどう思いますか?




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2016.10.03 (Mon)

ザルツブルグからのバスツアーと

10月2日日曜日朝8時半。
ザルツブルグのミラベリ広場にいる。
超久しぶりのバスツアーに参加するためだ。
バスツアーなどの仕事をしているのに、今までバスツアーに参加した事がほとんどなかった。
前回バスツアーに参加したのは確か2009年で、パリ発モンサンミッシェル行きツアーだったなぁ。
今回参加したツアーはザルツブルグ発ベルヒテスガデン行きである。
パノラマツアーと言うタイトルだったかな…。


バスツアーに参加した理由は以下の通り。
・今回ザルツブルグまでの移動が自家用車ではなかった
・目的地までの移動で乗り換えがあって面倒だった
・ツアーなら列に並ばなくても良いとか特典があった
・バスツアーと個人ツアーとで金額を比較したら、バスツアーが5ユーロぐらい高いだけだった
バスツアーも行き先によっては便利で安価だから、皆さんも旅の選択肢に入れることをお勧めしまーす。

さてザルツブルグ発ベルヒテスガデン行きツアーに参加した最大の目的は、アドルフ ヒトラーの山荘を見に行く事だった。
前から一度は行ってみたいと思っていたがなかなか実現せずにいたのだ。
が、ついに!である。
ヒトラーの〇〇という事でネガティヴ内容だから、参加者も少数で移動手段はミニバスかと想像していたけれど、なんと待ち合わせ場所に現れたバスは大型49席バスで、しかも満席で出発した。
ちなみに英語ツアーである。
しかも現地に着くと、いるわいるわ。
観光バスから一般車から、とにかくいた。
日曜日だったからかな?
いずれにせよ、ネガティヴ内容の名所だけど興味関心を強く持っている人々が多い事実を感じ得ずにいられなかった。

バス駐車場に着くと、そこでシャトルバスに乗り換え山道を登って行く。
山荘を見学する者は皆、シャトルバスで移動せねばならず、個人で来ると乗車チケットの購入や帰りの乗車時間を登録するのに手間を要する。
が、バスツアーならスルーで進める。


山に掘られたトンネルを通り、山頂近くに建つ山荘までエレベーターで一気に登る。
このエレベーターもバスツアー優先のようだ。


さてエレベーターのドアが開くと、箱の中は金金で目がチカチカしてくる。
東京のクラブか何かのようではないか。
行った事無いけど…。


エレベーターは直接山荘内に入る。
現在はここはレストランになっている。
でもね、ここにねぇ、いたわけです。
山荘でのエピソードなどの解説をここでするつもりはない。
ガイドブックを買ったけどまだ読んでいないし、より詳しく解説している媒体が他にたくさんあるからね。


ムッソリーニからプレゼントされた大理石の暖炉。


外に出ればどれだけ凄い所に建っているか分かるんだけど、残念、霧で全く見えない。


晴れていればこんな絶景が見えるようですよ。
また来るしかないか…今度は車で、そしてハイキングも兼ねて…。


その後ベルヒテスガデンに移動。
小一時間のフリーランチタイム。
2~3km離れた所には綺麗な湖があるけれど、さすがに小一時間では時間が足りない。
それに悪天候だし。
やはり、また来るしかないか…。


さて13時40分ごろにザルツブルグに戻り、今度は個人ツアー。
ザルツブルグから列車に乗り、一度乗り換えでブラウナウ アム インまで来た。


ここブラウナウ アム インはアドルフ ヒトラーの生まれた町で、今も生家が残っている。
彼は3歳までここで暮らしていた。
しかし建物には誰も住んでいないし、建物の前にあえて数台分の駐車場、更に市バスのバス停を設置されている。


建物の裏手。


建物の前に記念碑が設置されている。
「平和、自由、それと民主主義のため
ファシズムはもう無い
数百万の死を思い出させる」
直訳するとこんな感じかな。


ブラウナウ アム インはイン川のブラウナウと言う名だから、町に沿うようにイン川が流れている。
その川の真ん中がオーストリアとドイツの国境である。


片道1時間半かけて来て、滞在はたった50分ほど。
ここも、より詳しく解説している媒体があるから興味ある方はそちらを探してください。

さてさてちょっとコアな1日だったかな。








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2015.11.24 (Tue)

ウィーンで見つけよう。

ウィーンまでお客様を送る仕事があった。
仕事ウィーンは久しぶりだ。
各旅行社とも不景気と安値旅行代金からくる経費削減で、外国に行く仕事はかなり減ったなぁ。
ウィーンまで送った翌日、シェーンブルンに向かうお客様を専用観光バスに案内したあと、私はプラハに戻る電車までの時間、リンク内であまり行かないエリアを歩くことにした。
リンク内のあまり行かないエリアとはどこか…。
シュテファン寺院をど真ん中としたら右側である。
ケルントナー、グラーベン、コールマルクト、ホーフブルグ、オペラではないエリアの方だ。
そこはウィーンに来ても普段歩かないエリアだから新鮮で、楽しく歩くことができた。
そんな時、こんな面白い彫刻を見つけてしまった。


シーツのようなものを頭からかぶるお母さんの豊満な胸元に男の子と女の子が顔を近付けて安堵の表情をしている。
写真の左側が男の子だというのはおちんちんがあるから分かる。
そして写真右側が女の子だというのもおちんちんがないことから分かる。
男の子と女の子の位置をよく見ると面白い事に気が付いた。
女の子はおっぱいに関心があるのではなく、お母さんの心臓の音に耳を傾けているのに対し男の子はおっぱいありきなのだ。
オトコって…。


ボクが飲んで、イモウトも飲んだのに、
小さくならないママのおっぱーい…。
そんな歌を思い出した。

他にも多分有名店だとは思うけど洒落た靴屋も見つけたんだ。


おっぱいがいっぱーい。
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2015.08.07 (Fri)

バッハウ渓谷クルーズ

ウィーンまでお送りする仕事があった。
仕事終了後はそのままドライバーと共にとんぼ帰りの手配だったけれど、
翌日は仕事がなかったので自腹でウィーンに一泊し、
今まで体験していなかったバッハウ渓谷ドナウ川クルーズに乗船する事にした。
なんで今まで乗った事が無かったんだろう?不思議に思ったけれど、
プラハから中途半端に遠いからだ、というのが最大の理由であろうな。

朝7:00安宿をチェックアウトしてウィーン西駅に向かった。
切符はオンラインで買っていたし、乗るべき電車はネットでチェックしていたから、
そんなに早く出る必要はなかったのだけれど、早く目覚めたし安宿にいても面白くない。
それに目的地に行く列車はたくさんあった事を思い出し早目に出発をしたのだ。

駅に着き、構内に設置されているパラパラを見た。
さすがにもう電光掲示板だからパラパラではないが、
パラパラによると7:38発の列車に間に合いそうだ。
ラッキー、早速ホームへ行き、意気揚々と乗車。

発車して直ぐ車掌が「切符拝見!」とやって来た。
プリントアウトしたEチケットをこれ見よがしに提示すると、車掌は言う。
「申し訳ありませんがこの切符は無効です。この切符はOBBオーストリア国鉄の切符で、
今乗車している列車はWEST BAHNなのです。会社が違うのですよ。
ですから次の駅で降りてもらって、そうですねぇ、
15分後に後続車が来るはずですから、それでお出かけください。」

確かに車体にはWEST BAHNとあってOBBではなかった。
ウィーンから西方面に行くしウィーン西駅発だから、
OBBが設定した新たな路線だと考え、疑いもなく乗り込んだのだけれど、
全く違う私鉄会社だったのか・・・やっちまったぜ。

しかし、それにしても懇切丁寧な案内だったな。
チェコだったら多分こうだ。
「イエジシ!この切符は無効なんだけど。
で、これ乗って行くなら◯◯コルナ払うしかないね。
嫌なら次の駅で降りるしかないけどさ、
一駅分の料金は払ってもらうよ。」
ってネガティブすぎるか・・・。

丁寧な案内通り15分後にOBBの列車が来てそれで移動する事ができた。
まず乗り換え駅のSt.Pölten。
乗り換えまで少しだけ時間があったので、ドーム広場まで歩いてみた。


乗り換えでは何事もなくメルクに到着。
綺麗な図書館で知られている修道院が有名だが、
私はまだ一度も図書館の見学をしていない。


今回も図書館の見学はせず、乗船券を買いに船着場へ移動した。
船着き場へはこの手の看板が案内してくれる。
サイトシーングクルーズのサインに従えば良い。


船着き場そばの切符売り場で切符を買い、
11時の出航まで中心に戻りカフェで休憩した。


11時、定刻通り出航。


エマースドルフに接岸し乗船客をさらに乗せ、さらに下流に進む。


メルク修道院も遠くなっていく。
しかし甲板にいると暑い。
船が動いていると風が気持ち良いが、太陽の光が肌を刺す。
そして思った。
「ひとりで良かった。」
本当はひとり寂しいのに強がってみた。
でも、もし誰か連れがいたら、「暑い!」だの、「日焼けするから船室が良い!」だの、
コゴト言われイライラしているのだろうなぁ。


シェーンビューエル修道院。


シェーンビューエル城。


山頂にはアクシュタイン城跡がドナウを見下ろし、


ヒンターハウス城が見え、


シュピッツに着岸。
村から続く丘にはびっしりとブドウ畑が広がっていて圧巻だ。


そして下船予定地のデュルンシュタインが近づいてくる。
終着港は次の港のクレムスなのだが、町が綺麗だと評判のため下船したのだ。
時刻は12:30、一時間半の船旅も終わる。
船上でまともに受けていた太陽光線と川風によりなんだか疲れてしまった。


船の速度が落ち着岸態勢に入る。
日差しがよりきつく感じる。


教会の水色の塔がシンボルとなっている。
そしてこの町の丘の上に建つ城ではイギリス王リチャード獅子王が、
第3次十字軍遠征からの帰途に幽閉されたのだそうだ。
12世紀の末の事である。


町は小さい。
本当に小さい。
そしてアプリコットが有名のようでアプリコット製品が多数土産屋にあった。


だからクレムス行きバスを待つ間に白ワインとアプリコットクーヘンを食べた。
美味しいけれど、美味しさが素直に感じ取れないでいる。
1時間半も日焼けと川風にあたっていた関係で身体がだるくなっているからだ。


楽しんだはずなのに日焼けと川風にあたりすぎたために生じただるさと戦いながら、
クレムスからは列車でウィーンに戻り、ウィーンから列車でプラハに戻る。
やはりコゴトを言ってくれる人が必要だな。
そうすればどこかでブレーキがかかるものな。
しかも列車は40分遅れでプラハに到着。

オーストリア旅行で時間があれば、
バッハウ渓谷クルーズはぜひ乗船する事をお薦めします。
今回のように天気の良い日は最高です。
ワインやビールを飲みながら風を受けてきれいな景色を見るのは最高なのです。
でも超暑い夏は無理せず、時間に余裕を持ってクルーズをしましょう。




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2015.01.22 (Thu)

4泊5日オーストリアと少しドイツの旅 5

ビジシマを連れてバイエルンの至宝に来た。
19世紀の代物だから歴史的には深くないとは言え、
日本人がイメージするヨーロッパのお城と言ったらこのお城なのだろう。
私は2013年の6月以来の顔合わせである。
ノイシュヴァンシュタイン、新白鳥城だ。
初めて見ると想像より小さいのでがっかりするけれど、
でも、何度見てもうっとりするのは私だけだろうか。

このアングルもキレイ。


このアングルは訪問したら鉄板アングル。


このアングルも鉄板。


でも、このアングルは?
ボスターでよく見かけるアングルだ。
やっぱりこのアングルがベストなのではないかと考えている。


今回はそのアングルでお城を見ることができた。
そんな場所があったのである。
フッセンからではなく、ミュンヘンからノイシュヴァンシュタインに向い、
あともう少しでシュヴァンガウの駐車場に到着するという最後の直線で、
ロープウェイサインを見つけてしまったのだ。
今まではお城に行くことが目的で、最後の直線は猪武者よろしく、
脇目も振らず駐車場に向かっていたのでロープウェイサインを見落としていたようだ。
しかし今回は行程中で何度ものりものに乗っていてのりものサインに敏感になっており、
冬季であったのが幸いして観光バスやその他一般車などの交通量も少なく、
のろりのろりと最後の直線を走っていたのでサインを見つける事ができたのだ。


ロープウェイの位置とお城の場所を目測すると、あのアングルで城が見えることが予想できる。
しかし100%あのアングルでお城が見れるのかどうか、
さらにはそのロープウェイが動いているのかどうか定かではない。
よって、まずはお城の外観を見学すべくお城に向かった。
駐車場から直接マリエンブルッケまで行く舗装されていない山道を登り、
そこから撮影した写真が2番目の物。
そしてお城に向かい撮影したのが3番目の写真。
その時に何気にロープウェイのある方へ眼をやると、
ロープウェイが動いているのが見えた。
「あっ!」っとうなったのは言うまでもなく、早速、お城の外観見学を終え、
下山し、下山中にドーナッツを食べ、駐車場そばの免税店を物色した後、
車に乗り込み、ロープウェイ乗り場へ移動した。


乗り場に移動するとそこはスキー場だった。
しかしロープウェイの運行数は少なく、20分ほど待って乗車する。
乗り場からゆっくりと上昇していく、待ち侘びたアングルでのお城が見えてきた。
しかしお伝えしておく。
ロープウェイの窓は開かないから窓越しで見るに限る。
頂上に登るとお城は見えずパノラマしか見えない。


もし本格的な登山の経験があれば、頑張って、重い荷物を担ぎながら、
ポスターのアングルに近い場所に行けるようだけれど、我々は軽装のお上りさんだ。
ロープウェイでチャッチャと登って、パチッと撮って、サクッと降りてくる訳で、
そんな我々に綺麗なアングルが見える区間は限られてくるのだ。
地上から中間部までの約半分の区間で登りと下りの2回のみである。


それでも良い。
あのアングルでお城が見えれば良い。


ラッキーな事にロープウェイの乗客も少なく、
登りも下りもお城側に陣取ることができ、
窓に手を当て子供のように見入ってしまっていた。


そして写真も撮りまくっていた。


ほんの数分だけではあったが、とてもラッキーだったし満足のいく時間だった。
次に来る機会があっても天気や、ロープウェイの混み具合では見れないからね。


これを持って全行程が終了しプラハに帰るわけだけれども、今回の旅では計画当初、
わざわざ4泊もする意味あるのかな?と考えていた。
なぜならプラハからだと実に中途半端に遠い場所で、
冬のため天気次第では最悪な旅になるという事情があったからだ。
しかしながら、好天に恵まれ、美しい自然と雄大な景色も見れ、
年末年始の人多く殺伐としたプラハに辟易していた私には、
心落ち着けることができ、実に満喫できた旅となった。
この計画を提案して頂いた旅行社の旅行者さんに感謝すると共に、
今後もプラハを絡めた良いツアーを企画して頂く事を切に願います。


珍道中ではなく手堅い旅ではあったけれど、それが一番楽しいのかもしれませんね。
さてさて、次はどこに行こうかの・・・?

おわり
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2015.01.21 (Wed)

4泊5日オーストリアと少しドイツの旅 4

インスブルックで宿泊したホテルはイン川沿いにあるトレンドコングレスで、
ホテル到着時にホテル前になにかののりもの駅があることに気付いた。
駅から続くレールを目で追うと、レールはかなり急勾配の山肌や稜線上を走っており、
ジェットコースターのレールにも見え、一気に好奇の心のボルテージがあがった。
もちろんジェットコースターではなく公共機関ののりものだが、
「これは乗るしかない!」と、翌朝、体験乗車をするため始発駅のコングレス駅に向かった。
ホテル前の駅があるのにわざわざ始発駅まで向かった理由は、
ただ単に路線をを踏破したかったからだ。


駅へ向かう途中に走り去る車両を見た時は1両のトラムのように見えたが、
ホームに立ってよく見ると5基のゴンドラが1両にまとまっているようでもある。
ゴンドラトラムとでも言うのかな。


トンネルの中を走っていると、頭がすでに遊園地気分になっているのか、
公共機関ののりものに乗っている気分はしない。


トンネルを抜け、急勾配の山を登る。
まさにジェットコースターが坂を登る如くの気分である。
かなりの急勾配なので登山中に傾斜で座席から落ちるのではないかと不安になったが、
驚くことに全く傾斜を体感させず、ゴンドラトラムは静かに勾配を登っていく。
よく見ると、登山中のゴンドラトラムの各ゴンドラは、
座席が常に水平を保ち乗客が倒れぬよう勾配に合わせて傾いていたのだ。
驚きと関心に浸っていると頭上雲厚い終点駅に到着した。


終点駅で下車し、次にロープウェイに乗り換えた。
さらに上へ行くことができるわけだ。
この路線はゴンドラトラム、ロープウェイ、ロープウェイと2回乗り継ぐと、
標高2334mある山頂そばのハーフェレカーまで登ることができるのである。

コングレス駅で切符を購入する時、上空の厚い雲に遮られ展望は期待できないだろうと思い、
ゴンドラトラムの体験乗車だけで満足だと考えていた。
しかし、切符販売員は、「曇り空だけどロープウェイには乗るべきだ。」とでも言わんばかりに、
「どこまで登るのかな?」と逆に問いかけてきたものだ。

こんなに雲が厚そうなのにさらに上に行ったら・・・騙されているのか?
それとも雲はそれほどに厚くなく雲上は好天で展望が素晴らしいのか?

悩んだ末、登ると良い景色を見ることができるのだろうと後者の雲上晴天案をとり、
ロープウェイ2回乗り換えてトップまで登る切符を買ったのであった。

雲上の様子は今や神のみぞ知る。
期待半分、あきらめ半分で乗車しているとロープウェイは雲に突入し、
しばらく昇ると雲を抜けた。
なんと雲上晴天である。
切符販売員さんに大感謝だ。


眼下には雲海。
雲海の下はインスブルックなのである。


そこからさらにロープウェイを乗り換える。


標高2334mの山頂が見える。
しかし、風が強すぎ、降り積もっている粉雪も風で吹きあげられ、
登山の格好をしていない我々には登るすべがいため下から拝むしかない。


景色は綺麗に見えるけれど、吹き付ける風と風で舞い散る粉雪が顔面に当たり、
我が顔面はそれらの攻撃に耐えられず、やっとの思いで写真撮影をし山小屋に逃げ帰る。


また風がなくなったのを見計らって山小屋から出て、別アングルの景色を見に行く。


そんなこんなを繰り返した後、山頂付近から1段下へ戻った。
するとそこは風も微風で平和な世界。
山頂付近の強風は何だったのだろう。


そして昼に近付くにつれて雲が切れ、
うっすらとインスブルックの街も見えてきた。
遠くにはブレンナー峠も見える。


しかしついにタイムアップ。
午後の日程があるため、美しい景色に後ろ髪を引かれながらも下界へ降りた。
本当に楽しい雲の上の滞在であった。


インスブルックを出発した我々は高速道路ルートではなく、
山を越え、ガルミッシュパルテンキルヘン経由でバイエルンの都ミュンヘンに行った。
ここで、旅行社の旅行者ともお別れだ。
その代りプラハから来ていたビジシマと合流。
なぜだかマーケットでオイスターを食べ、


旅行社の旅行者やビジシマらとホーフブロイハウスで1ℓビールを楽しんだ。


明日は旅行社の旅行者はヘルシンキへ飛び、
ビジシマを従えた私はバイエルンの至宝に行ってからプラハに帰るのでした。

つづく

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2015.01.20 (Tue)

4泊5日オーストリアと少しドイツの旅 3-B

ザルツブルクからインスブルックへの移動中にここへ立ち寄った。
ここも今回の旅の目的の一つであったのだが、
2015年4月まで改装中で見学ができなかった。
残念でならない。
てか、ネット時代なのだから予め調べておけ!って感じですね。


ここはどこか。
そう、スワロフスキーだ。
オーストリアを代表するグローバル規模の有名ブランドである。


残念ではあったが、博物館を見学できなかったことが幸いし、
インスブルックに早く到着できた。
凱旋門。


黄金の小屋根。


街の塔からスキージャンプ台が見えた。
この街では1964年、1976年と2回も冬季オリンピックが開催されている。


名産チロルハムを摘みながらダラダラしていると夜になってしまった。


夜景を見て解散。


明日はまた面白い乗り物へ乗ります。

つづく
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2015.01.20 (Tue)

4泊5日オーストリアと少しドイツの旅 3-A

ザルツカンマーグート観光に時間が掛かり過ぎ、
ザルツブルクに到着したら間も無く暗くなってきた。
冬は日没も早いため明るいうちに行動できる時間が短いのが残念だが、
冬至時期と比べればだいぶ日も長くなってきたからまあ良しとするしかない。

ザルツブルクと言う街名の意味は超が付くほど有名だから、
ここであえて紹介するほどの事ではないけれど一応紹介しておこう。
「塩の城」という意味である。
昔から岩塩で栄えた街なのである。
そしてモーツァルトが産まれた街であることも超が付くほど有名な話だ。
さらにレッドブルの街であることも超は付かないけれど有名だ。


街を歩くとここにもヤンネポがいる。


ザルツァッハ川に架かるシュターツ橋を旧市街から対岸に渡っていると、
対岸の建物の最上階にレストランらしき明かりを見つけた。
その建物に向かってみるとそれはホテルで、
入口には19ユーロビュッフェの看板があった。
フロントに確認するとやはり最上階はレストランで、
様子見だけでもOKだと言うのでエレベーターで最上階まで進んだ。
旅行社の旅行者がビュッフェの内容をチェックしている間に私は夜景の撮影。
想像通り綺麗な景色が見えたが、結局ここのレストランでは食事を取らなかった。


翌朝、ホーエンザルツブルクにケーブルカーで登りパノラマを望んだ。
山サイド。


街サイド。


ホーエンザルツブルク城は1077年に建築が始まり、何度も増改装が繰り返されたが、
最も大規模に改築した大司教の紋章には野菜のカブが入っていたため、
現在でも砦を探すとカブ入りの紋章が見つかる。


最後にお塩を買った。
試食をしたがガーリック入り塩がやばいぐらい美味しい。


さあインスブルックに移動だ。

つづく

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