2018.04.18 (Wed)

ジョージアでながやすみ

今回訪れたジョージアは本当に良い国でした。
また来たい国のひとつです。
日本から来たらカルチャーショックを受けて驚く事もあるでしょう。
例えばボロボロの家がたくさん建ち並んでいたり、道路がガタガタだったり、車の走行がアグレッシブでクラクション鳴らし放題だったり、公道を普通に牛、馬が歩き、さすがに首都トビリシでは見かけなかったけれど、田舎に行ったら牛糞だらけだったり、本当に驚く事ばかりでした。
ジャンルは違いますが、私がプラハに来た当時と重なる所もありました。
情報が少なく、旧ソ連で、近隣諸国ではきな臭い事も起こっているので、怖い、危険というイメージを持つかもしれませんが、人は優しく、治安も良く(危険地域はあります。)、安心して旅行が出来ました。
はっきり言ってチェコ人(特にプラハ人)には申し訳ないけれどプラハと違って圧倒的に優しいし、スリ置き引きの心配も全くありませんでした。
まあ油断は大敵だと言いますから、出掛ける方はくれぐれも注意は怠らないようにしてください。

さて、ジョージア料理は美味しいと聞きました。
私が住むプラハの中心地マラーストラナにはトビリシと言う名のジョージア料理店があり、一度そこで食べましたが、確かに美味しかったです。
だから今回は食も楽しみにしていました。
さらにジョージアはワインの発祥地なのです。
ビール党の私ですが、それなら是非ワインをご賞味しなければなりません。
さてジョージア料理とはいったい?
食した物をご紹介します。





ハチャプリ:ソウルフードのひとつでジョージアに来たならばこれは食べないといけません。
1.アジャルリ:パンにチーズと卵を入れた物。
2.イメレティ:ノーマルタイプで中にチーズが入っている。
3.ロビアニ:中に豆が入っている。
4.クブダリ:牛肉がインサートされているピザのようなもの。



オストリ:ビーフのトマト煮込みスープ。コリアンダー、ニンニク、パプリカなど入り。当然レストランで全然違います。これも食べる必要ありです。


ハルチョ:ざっくり言えばオストリにライスが入っています。


カレイカ:見たまま豚のグリルです。


ムツヴァディ:串焼き。上がポークで下がチキンです。トマトソースをかけるとより美味しくなります。


ツィテリグヴィノ:赤ワイン


ルディ:ビール




プリ:パン。パンは本当に美味しいです。


ヒンカリ:ようは水餃子みたいな物で最低5個から注文の店がほとんどです。
フォークナイフは使わず手で食べて下さい。とんがりを摘んで袋をかじり肉汁をすすって食べるのです。
もし熱くてフォークを使うならとんがり部にフォークを刺して持ち上げて食べてください。


ラチャという名の食堂。
一見入りにくいお店ですが、ロンリープラネットで紹介されていました。
家族経営で、おばちゃんたちは強いが優しく、料理も美味しく、結構通いました。
通い続けたおかげか、ある日、満席のため入店できず帰ろうとしたら、呼び止められ奥部屋に案内されました。


ヒンカリ屋さん。ヒンカリだけではなく他の料理もあったがみんなヒンカリを食べていました。ここも一見入りにくいです。



ツアーの休憩時に買ったアイスクリーム。
ソフトモナカのソフト山がないタイプでした。


アジャプサンダリ:ナス、トマト、パプリカなどのマリネっぽい冷野菜でこれははまりました。




バドリジニ:ナスにウォールナッツパテを乗せたり、ナスで巻いたりした前菜でこれも最高に美味しいです。ナッツパテが口の中でまろやかに広がっていきます。


チャシュシュリ:牛肉とトマトの煮込みで、スパイスが効いていて少しピリ辛で牛肉も柔らかく食べがいがあります。


トマトときゅうりのサラダ:塩加減が絶妙で、さっぱりと軽く食べたい時は最高です。


名前忘れた:クリームスープにラビオリが入っています。
他にもミニヒンカリフープがあったが食べる機会を逸してしまいました。


チトゥルフマ:鶏肉(ささみ部かと思う)のクリームスープです。


サツィヴィ:水と塩で茹でた鶏肉にクルミなど使ったソースをかけた物で、ちょっと塩っぱさを感じましたが、私は付け合わせをライスにしてしまったのですが、ソースをパンに付けて食べたら美味しいでしょう。


チャカプリ:これがメニューには載っていても結構扱っていない店が多かったのです。ラムか子牛のシチューでこの写真はラムバージョンです。


レモネード:この緑のレモネードはタラゴンが含まれています。タラゴンとはヨモギの一種で好き嫌いが分かれると思いますり


カトゥミスサラダ:チキンサラダです。軽く行くのに良いし、何より酒のアテに持ってこいだと感じました。


ジガリ:牛肉のレバーとかを煮込んだものです。


クチュマチ:鶏肉のハツ、レバー、砂肝を使った料理でザクロの実をトッピングに乗せます。


アジカソースのビーフリブ:アジカとはスパイシーな香辛料です。



チュルチヘラ:ウォールナッツやクルミをぶどう、ザクロ、ハチミツ、キウイなどのエキスを棒状に固めた物で包みます。上部のヒモを引っ張って皮を裂き、そのまま食べます。


ボルジョミ:代表的なミネラルウオーターです。

まだまだオジャクリとかシュクメルリとかチャホビリとか色々あるんです。
オジャクリとシュクメルリはプラハで食べた事があるので本場でも挑戦したかったのですが、量が多そうで今回は泣く泣く敬遠しました。
あとチャチャと言うジョージアウォッカも飲みやすかったです。
とにかくジョージア料理にはナッツ類やコリアンダーが頻繁に使われていました。

プラハにお住いの方でジョージア料理をトライしようという方、マラーストラナにあるトビリシレストラン、他にトラム22番の終点Bílá horaのそばにもグルジアンビストロがありますので、ぜひご賞味下さい。

これでジョージア編は完全に終了です。
最後までご覧いただき、ディディマドゥロバでした!


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2018.04.17 (Tue)

ジョージアでここやすみ

カズベギ ყაზბეგი
本当は別日にカズベギへ行く予定でした。
この日はダヴィド ガレジ修道院ツアーに参加する予定だったのです。
去る木曜日に、質問があったので例のツアーオフィスに行った際、ダヴィドツアーが催行しない事を伝えられました。不催行理由は雨天続きの春先はヘビが多くてリスク大だからだそうです。
本当かな?私の聞き間違いかな?
返金してもらうかどうか考えていましたが、カズベギツアーに変更する事にしました。
なぜなら相談した日が木曜日で天気予報では金曜日、土曜日のカズベギ地方の天気が悪く、月曜日は晴天とあったからです。
オフィスのスタッフも「月曜日なら大丈夫でしょう。」と言ってくれたのも変更を後押ししてくれました。

そうです。
今日向かうカズベギ地方は天気の良し悪しで全く別物となり、晴天でないと残念無念極まりないのです。


スイスのツェルマットに行って晴天でなかったからマッターホルンが見えない、富士五湖に行って晴天でなかったから富士山が見えない、あぁ残念無念、そう言った所なのです。


長期天気予報でもツアーオフィスの情報でも、4月16日月曜日は晴天とあったので期待を込めていたのですが、朝トビリシは曇天、途中立ち寄ったダム、アナヌリ砦も曇天、しばらく曇天でした。
あぁ残念無念となるのかと危惧していましたが、標高が徐々に上がって行くと青空が見えます。


先日、ほぼ一か月前、ジョージアスキー場のリフト事故が起こったグダウリまで来ると青空で綺麗な連山が見えます。
期待値大です。
そのまま北上していき、もうロシアとの国境付近まで近づいています。


そうそう、今日ミニバスで走っている街道はジョージア軍用道路と呼ばれていて、ロシアのウラジカフカスからジョージアの首都トビリシを結んでいる道です。
1769年帝政ロシアがトルコ戦役の際に初めて軍事的利用で使ったそうです。


19世紀に入って部隊の移動や通信を容易ににすべく、道路表面を改良しました。
当時のロシアでは画期的な道路だったのです。


綺麗な景色に見惚れているうちにステパンツミンダ村に到着しました。
まず駐車場にあるレストランでランチのオーダーだけをして、4WDで山の上に建つゲルゲティ三位一体教会に向かいます。
プラベートで来た方は歩いて登ることもできますが、4WDタクシーで行くのもオフロード感を味わえるので一興です。
駐車場にはタクシーが待ち構えているので臆する事なく値段交渉して下さい。
だいたいひとり15~20ラリで行ってくれると思います。


ゲルゲティ三位一体教会は私が来たこの日は修復中でした。
聖職者が修復しています。


しかし、ここに登って来たらまずは教会から離れてください。
時間があればゆっくりと、時間が無くても時間の許す限り離れてみてください。
出来るだけ離れてから振り返って教会を見てください。
おぉーっとなる事間違い無しです。


カメラと肉眼では見え方が変わりますし、ズームしたら見え方が変わります。


RPGゲームで勇者、戦士、僧侶、魔法使いのパーティーが歩いているのではと錯覚を起こしてしてまいませんか?


また再度180度振り返ると、ジョージアで2番目に高い標高5047m(5033m説もあり)カズベキ山が見えます。


時間に余裕があったら角度や高低を変えていろんなアングルから見たら楽しいと思います。
周りのトレッキングコースを歩くのも良いですね。


もしくは他の時間帯の教会と山の風景を見るのも綺麗だと思います。朝日、夕日、もしくは山が見える程度の曇天なども良いでしょうね。
でもやっぱり1番良いのは晴天ですか。


そうやっていろんな所から見てから教会に行って下さい。もちろん時間がある方は先に教会に行っても問題はないでしょう。
教会に行くとそこからステパンツミンダの村を見下ろす事ができます。


その後、登って来た4WDで下山しレストランで昼食を取りました。
レストランは駐車場に併設されていたのですが、そこから先ほどの教会とカズベギ山を見上げる事が出来ます。


いやあiPhoneXのカメラズームは性能が上がりました。
ズームでもかなり鮮明に撮影ができます。


トリビシに戻る途中、ロシア-ジョージアフレンドシップモニュメントに立ち寄りました。


写真右半分の絵はロシアの芸術家が、左半分はジョージアの芸術家が描いたそうです。
1783年に締結されたロシア帝国とジョージア王国の友好条約締結200年を記念して1983年に作られたものです。


そして一路トビリシに戻りました。
カズベギ地方も山歩き好きには数日滞在する必要があります。

これでジョージア旅行も終了です。
まだ行きたい地域、町は残っていますが、明日プラハに戻ります。




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04:01  |  外国旅行  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2018.04.16 (Mon)

ジョージアで やつやすみ

銭湯 აბანო
トビリシに戻って来ました。
5日ぶりのトビリシです。


この日は銭湯に行ってみました。
そうトビリシにはハマムがあるのです。
写真はトビリシ2日目晴天時の写真です。
入浴日は曇天でした。


個室貸切1時間で30ラリ、そして垢すりマッサージ20ラリでリラックスタイムです。
マッサージは頼まなくても良いのですが、せっかくなのでお願いしました。
ジャストインフォですが値段は銭湯によって差がありますし、個室貸切で無く公衆浴場であれば格段に安値で入浴できます。


お湯は硫黄の匂いがなんか心地よく、温度も私好みの温度で快適快適です。
垢すりマッサージで汚れも取れリフレッシュ、旅の疲れを癒すにはちょうど良い時間でした。


カヘティ地方 კახეთის რეგიონი
久しぶりのミニバンツアー参加です。
朝9:15にいつものツアーオフィス前に集合しました。
今日のツアー内容はワインの産地でも知られているカヘティ地方を巡ります。
カヘティ地方はトビリシより東に位置します。
ジョージアはワイン発祥の地とも言われているのです。
なんと8000年も前からワイン造りが行われていたそうです。

ワイナリー ღვინის ქარხანა
まずミニバンはカヘティアン トラディショナル ワインメイキング、略してKTWワイナリーに行きました。
ワインの説明や醸造の説明はなく、いきなり試飲コーナーに直行です。
そこで白二種類、赤二種類、そしてコニャックを試飲しました。


白ドライ、白セミスウィート、赤セミスウィート、ズシンと重みのある赤の4種類です。
セミドライの白ワインがめちゃくちゃ美味しかったので、試飲したワインの名前を忘れぬようタンクの写真を撮っていたのですが、やってしまいました、間違ったタンクを撮影していたのです。
だから名前が分かりません。
本当に美味しいセミスウィートな白ワインだったのです。


ベーカリー საცხობი
その後、街道沿いにある小さな家の前で止まりました。
ここがベーカリーで、この地域はベーカリーも多いとガイドさんが語ります。
店前にはチーズも販売していました。


ジョージア語ではパンをプリと言うのですが、そのプリの生地を細長く伸ばしていって、円形の釜にペタペタ貼り付けて焼いていきます。


1ラリ(50円ほど)で一本購入し、焼きたてプリを味わいました。


ちなみにトビリシ市内にあるスーパーマーケットカルフール内のパン屋さんも、似たような釜でパンを焼いていました。このタイプが伝統的でジョージア人は好きなんですね。


ニコ・ピロスマニ ნიკო ფიროსმანაშვილი
その後、この地域にあるミルザーニ村で生まれた画家のニコ・ピロスマニ美術館に行きました。


独学で絵を学んだ彼のスタイルはプリミティミスム(原始主義)に分類され、動物やジョージアの人々を描いていきました。


一旦はロシア美術界から注目を浴びましたが、絵のスタイルから幼稚だと非難され、失意のまま1918年に亡くなりました。
死後になってジョージアで愛されるようになりました。


って誰もがみんな同じ事を書いています。


ニコ・ピロスマニの作品はトビリシ市内の現代美術館で鑑賞する事ができます。


言うほど幼稚ではないと思うのは私だけでしょうか。


ルスタベリ通り沿いの国会議事堂の斜め前、カシュエティ教会の隣にある建物が現代美術館です。
ルスタベリ通りに面した建物の正面は写真の通りですが、入り口は真裏にあります。


ボドゥベ修道院 ბოდბის მონასტერი
4世紀にジョージアへキリスト教を広めた聖女ニノが祀られている修道院に立ち寄りました。
教会は9世紀の建物です。
ジョージアの女性でニノという名はとても多いです。


シグナギ სიღნაღი
最後にランチを取るべくシグナギに向かいます。
町に入る前に綺麗なパノラマが見えるポイントがあるらしいのですが、この日はあいにくの曇り空で町は全く見えず、停車もせずスルーして行きました。


晴天であれば丘の上に作られたシグナギの背後にコーカサス山脈が連なる景色が見えるそうです。


バスで移動中、今日参加したツアー内容とプラハ及びチェコ事情とを比較対象しながら、ずっとプラハ発1日エクスカーションについて考えていました。
今日のこの内容だったら、プラハ発ならあれができる。
あそことあれをくっつければこのツアーができる、でもあれが足りない…。
これとあれを足していけば、あっ、でもEUの定める労働時間を超える…。
あの地域を回れば楽しいかもしれないが…。
などなど、ずっと考えてました。

こういうツアー企画って企画している時は楽しいですね。
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05:27  |  外国旅行  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2018.04.15 (Sun)

ジョージアでななやすみ

メスティアを後にします。
一昨日、ウシュグリ村行きチケットを購入したバスステーションです。
これから向かうクタイシ行きチケットも同時にここで購入しました。
おばさんが本当に優しくナイスな方でした。


出発時間の朝8時にはクタイシ行きの他に、トビリシ行き、ズグディディ行きのバスが集結しています。
昨日ナイスドライブをしてくれたゴゴさんも来ていました。これからがシーズンなると思うので、あのガタガタ道をかなりの回数を走るのでしょう。
舗装してもらったら住民は行き来しやすくなるけれど、悪道をやっとの思いで行った方が観光客には到達感があります。どちらが良いのか…。
スヴァネティ地方がこれから答えを出すでしょう。


今日のクタイシ行きのドライバーは超スピード&強ブレーキの爆走ドライバーでした。
メスティアから舗装されているくねくねと何度もカーブが続く道を爆走してはブレーキ、爆走してはブレーキの連続です。
「マジ揺れるんですけど。」
そんな運転のせいもあり、おばあさんが車酔いして何度か緊急停車しました。
散々追い抜いた車に緊急停車中に抜き返される、それをまた追い越す、そしてまた抜き返される、あまり意味の無い運転だなと思いましたが、道路が良くなると爆走ドライバーの腕の見せ所です。次々と車を追い越して行きます。片側二車線道路を勝手に三車線道路にしてしまう技を見せてくれました。

ゲラテ修道院 გელათის მონასტერი
クタイシのバスターミナルに昼ごろに着き、バスターミナル建物上階のホテルにチェックインを済ませ、今日の目的地に向かうべくタクシーを物色していました。
バスでも行けるのですが、大切な時間を有効に使うには多少の出費は止むを得ません。
タクシーで移動です。


ジョージアとチェコのタクシー事情は異なりますが、私はタクシー運転手に対する先入観があります。
「タクシー運転手はおじさんで、地味な車の方が良い」すると目の前におじさん運転手で新しくない小型のフォードが近づいて来ました。
「このタクシーだ!」と直感し、タクシーを停車させ交渉を始めました。


ゲラティ修道院とモツァメタ修道院に行きたいがいくらか問うと、ロンリープラネットで紹介されていた金額を言ってきたので、善良運転手だと確信して乗車しました。
運転手さんはミーシャさんと言う60代前半か、もしくは50代後半の紳士です。


まずはゲラティ修道院へ向かいました。
遠くには昨日の朝までいたスヴァネティ地方の山々が見えます。
ここはジョージア黄金期の傑作で1106年にダビド4世によって設立されています。


新しいアテネ、第2のエルサレムと褒め称えられており、中世ジョージアでの精神的、文化的の中心でした。
修道院にいると太陽光線もこうなります。
スピリチュアルですね。


モツァメタ修道院 მოწამეთა მონასტერი
ゲラティ修道院からミーシャタクシーで走る事10分ほど、もう一つの訪問地であるモツァメタ修道院のパーキングに着きました。


パーキングから徒歩約5分、ふたつの渓谷から切り立った崖の上に修道院があります。
8世紀に修道院は設立されました。
古いですね。


クタイシ ქუთაისი
バクラディ大聖堂 ბაგრატის ტაძარი
クタイシに戻ると、ミーシャさんは尋ねました。
「バクラディ大聖堂には行ったか?」
ちなみにミーシャさんは英語を話しません。
ジョージア語とロシア語オンリーです。


ジョージアに来る前にジョージア語会話集で挨拶や数字ぐらいは予習していましたが、さすがに会話はできません。ロシア語はチェコ語と近いものがあるので、聞き取れて分かる単語を繋げて会話しています。


クタイシに着いたばかりゲラティとモツァメタに行き、まだ大聖堂は見ていなかったので、ぜひ連れて行ってもらいました。
この大聖堂は11世紀に建てられましたが、17世紀にオスマン帝国軍の攻撃で破壊されました。
20世紀の半ばに再建が始まり、今に至っています。


カツヒの柱 კაცხის სვეტი
翌日、クタイシから65kmも離れたカツヒの柱とそこから10kmほど離れたチアトゥラにエクスカーションに出掛けました。
昨日偶然に会ったミーシャさんに明日も1日お付き合いしてほしいと半ば強引にお願いしていて、朝9時にホテル前で集合し、出発です。
まずはガソリンスタンドで燃料補給します。
燃料代は当然ですが私持ちです。


まず最初に訪れたのがカツヒの柱です。
カツヒ地区に立つ岩の柱で高さ40メートル、頂上の表面面積150㎡という狭い敷地に、教会と聖職者の生活スペースがあるのです。


昔にギリシャのメテオラに行って岩の上に建つ修道院群を見て感動を覚えましたが、ここはここで別物です。
この景色を見るだけでも来た甲斐があります。


聖職者はこの梯子を上り下りして下界と行き来しているのです。
いろんなブログを見ていたらこの岩柱を登っている人の画像もありましたが、残念ながら登れませんでした。


でも仮に登れたとしても…。


登る気になりますか?
登れても降りれませんね。


ここカツヒの柱は天国に1番近い教会とも呼ばれています。


チアトゥラ ჭიათურა
さあもう一つ見たかったものがあり、ミーシャさんにひとっ走りしてもらいました。
クタイシ在住のミーシャさんは、なぜこんなところに?と不思議がっていましたが、興味深いものがあるのです。


それは1950年代に造られたロープウェイです。
このロープウェイを見て乗りたかったのです。
今も一部市民の足として活躍しています。


風とか昼休みとか、たまたまこの日はトルコ映画の撮影があってと、いろんな理由で運行停止の時間帯もありますが、市民のために無料で運行しています。


ここチアトゥラはマンガン採掘で栄えた町で、今もマンガン採掘が行われております。


ただインフラの問題で廃墟化しつつある町になっています。


またチアトゥラ中心から1kmほど離れた所には驚く場所に教会があります。


Monastery Mgvimeviと言って、13世紀に自然の洞窟に作られました。


これも昔モンテネグロに行った時、岸壁にあるオストログ修道院を見て驚いたけれど、先述のカツヒの柱と言い「なんでこんなところに?」と思いますね。


でも日本でもお寺、神社によってはとんでもない所に寺社があったりするから、洋の東西は問わずと言った所でしょうか。
ただこの修道院へはロープウェイはなく、徒歩です。でも地上から10分もかかりません。


さて見たいものも見れ満足の細矢です。
クタイシに着いて、ミーシャさんに今日のお代を尋ねました。
すると「いらないよ。」と言う答えが返ってきました。
いやいや、それはないでしょ!
という事で50ラリをお支払いしました。
「貰いすぎだ。」とミーシャさんは言ってきましたが、往復140km近くの運転でしかも7時間も拘束したので、本当は少なかったかもしれません。
ミーシャさん、本当にありがとうございました。
私が住むプのつく町のタクシードライバーにミーシャさんの爪の垢でも煎じて飲ませたいぐらいです。
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2018.04.14 (Sat)

ジョージアでむつやすみ

ウシュグリ უშგული
さあ今日はメスティアから45kmほどしか離れていないのに2時間以上もかかるウシュグリ村に向かいます。


昨日のうちにメスティアのメインストリートに沿って数件あったバスステーションという小店でウシュグリ行きのバスチケットを50ラリで購入していました。


小店のおばさまは「明日10時に店の前に来なさい。」と言われたのでその通りに、しかも20分も前に行って待機していました。


しかし、10時になっても誰一人ウシュグリ行き客が来ません。
するとドライバーが、「どうする?あと100ラリ払ってくれたら今でも出発するぞ。」と提案してきました。


スヴァネティ地方に来た目的はウシュグリ村に行くことだったので100ラリ追加は致し方ありません。
色々とウェブを探っていた時に、すでに貸切の場合は200ラリですという情報を見知っていたので、昨日の50と今日の100で150だからまあ妥当です。
100ラリを払う事にし、ウシュグリ村に向かいました。


最初の写真にあるように、舗装されていないガタガタ道、雪解けの水たまり、山から流れ落ちる滝のような雪解け水、落石、そういう悪道を10~15km/h.、調子が良くても30km/hで走ります。


ガタガタ走りながら途中、運転手が道路標識を指差して私に見ろと促します。
その看板には50kmとありました。
どうみても50kmを出すのは無理な道です。
運転手は20km走行でした。


さてウシュグリ村に着き、まず運転手のおすすめお食事処でハチャプリとクブダリを食べ、その後、村を散策します。
やはり季節的にまだ雪が降り、雨が降り、雪解けの影響で、舗装されていない村道はぐちゃぐちゃです。
そしてご存知の通りお牛様が闊歩しているので、当然、例の滑りやすいブツが落ちているのです。
もう歩いている道のドロは本当にドロなのか、それともあのブツなのかも分かりません。
靴、ズボンは泥だらけ(泥だらけと願う)になりました。


ここウシュグリ村はヨーロッパで最高峰の村のひとつで標高2100mもあります。
そしてジョージア最高峰5193mの高さを誇るシュハラ山が見えます。
その標高からか1年の半年は雪に覆われており、状況によっては村から出ることが出来なくなる事もあるのです。
その村に70家族200人ほどが生活しています。


このウシュグリ村に来たかったのです。
でも、もし来るなら夏場が良いですね。
ウシュグリ村、画像、で検索したらいろんな画像が見れると思います。
そうしたらその理由が分かります。


「ヨーロッパ最後の秘境の村」とも言われているウシュグリ村ですが、私も来たし、すでにいろんな方々が来ています。今後も多くの方が訪問するでしょう。しばらくしたら秘境ではなくなるかもしれませんね。
でも、また夏に、緑に覆われたウシュグリ村を見てみたいです。

氷河 მყინვარი
ウシュグリ村を後にし、来た道を同様に今度は下り坂にはなりますがメスティアに戻ります。


運転手は私に尋ねました。
「この時間なら、しかもお前は元気そうだし、まだ氷河を見に行けるかもしれないが、行くか?」
メスティアの広場っぽい場所に設置されていた、メスティアで見るべきNo.いくつ、って看板に氷河も紹介されてあったので、もちろん追加料金を支払ってですが、氷河に連れて行ってもらう事にしました。


しかし氷河の目の前まで車では行けません。
駐車場から徒歩で向かいます。
駐車場に着いたのが16時で17時20分には戻って来てくるよう言われたので、「結構近いじゃん。」と安直な考えで氷河に向けて歩き始めました。
しかし歩き始めて数分で疑念が生じて来ました。
「本当に指定された時間内で行けるのか?」
まず初めから雪道です。
氷河へ向かうための道標も見当たらず、先に来ていた人の足跡を頼るしかありません。
しかも場所によっては、雪が柔らかく足がズボッと落ちる所もあり、なかなか進めません。


なんとか氷河が肉眼で確かめられる所まで行けましたが、もうタイムアップです。
またずぼずぼと雪穴に落ちながら駐車場に戻りました。
ここはチャラアディ氷河と言います。
ズームせず撮影した写真がこれです。
なんとかあれが氷河だと分かるぐらいですね。


やはり、スヴァネティには夏にトレッキングでリベンジに来る必要があります。

ドライバー მძღოლი
ナイスなドライバーのゴゴさんです。
ゴゴさんの愛車は三菱デリカ右ハンドルでした。
ジョージアには日本車が多く、しかも右ハンドルが多いです。
直輸入しているのでしょうね。

ゴゴさん、ありがとうございました。
დიდი მადლობა ბატონო გოგო.
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06:20  |  外国旅行  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2018.04.13 (Fri)

ジョージアでいつやすみ

飛行機でメスティアへ მესტიაში თვითმფრინავით

今日は今回のジョージア旅の目的のひとつでもあるスヴァネティ地方へ行きます。
陸路だとトビリシから9時間以上掛かるので、バニラスカイ社が運営する18人乗りの小型飛行機でひとっ飛びする事にしました。
空からジョージアを見てみたいと思ったのも理由の一つです。


朝8:15、地下鉄ルスタヴェリ駅そばにあるバイスクルモニュメント前に集合し、専用バンが空港まで送ってくれます。
ちなみにプラハから到着した空港とは別の場所です。
このトランスファーサービスを含めてメスティアまでの料金は65ラリ、つまり3000円程です。
詳細はウェブページでVanilla Sky airlinesで検索できます。


山登りの格好の人、スキーに行くグループ、私のような一観光客、様々な連中を乗せて飛行機は飛んで行きます。


私は搭乗前に進路方向右側の席に座ろうと考えていました。
なぜならコーカサス山脈が右手に見える事が分かっていたからです。
しかし搭乗した途端、進路方向左でパイロット席の真後ろに着席してしまいました。
左側の座席が一列、右が二列だったからです。
気使い細矢が出て来たのです。
アイ アム ジャパニーズ。
メ イアポネリ ヴァルなのです。


離陸前に機長がパイロット席から振り向いて、地声で挨拶と注意事項を言います。
注意事項には、立ち歩かないように!とありました。
離陸して高度が上がると進路方向右側には綺麗にコーカサス山脈が見えています。
私はパイロット席の真後ろなので、さすがに席を変わる事は出来ませんでした。
遠目に山脈を見るだけです。
残念無念ではありましたが、メスティア空港に着陸する際は進路方向左側にメスティアの町が見えました。
これはこれで良かったです。
57分間の山脈の景色を取るか、3分間の町の景色を取るか、あなたならどちらにしますか?


天気も良く景色も綺麗に見え、1時間ほどのナイスな空の旅でした。


もし次に来る事があれば、散々ジョージアを回ってから最後空路でトビリシに戻るのも良いと思いました。

メスティア მესტია
ジョージアの旅を決めてからウェブ、ロンリープラネットなどで色々下調べをしていて、ここスヴァネティ地方には絶対に来ると決めていました。


だから長期天気予報も毎日のようにチェックして、ヴァニラスカイのフライト日と好天が合うようにスケジュールを作ったのです。


宿に荷物を置いて、早速散策開始します。
とは言っても、町自体はとても小さくあっという間に見終わってしまいます。


しかし、この町は町中を歩いてあるだけではいけません。
町全体を色んな角度から見る方が楽しめるのです。


メスティアは標高1500mほどで、ロシア国境側に位置しています。


国境ラインは3000から5000m級のコーカサス山脈で、メスティアの近くには標高4700mのウシュバ山、4390mのシュヘルダ山が聳えています。


人口は約1900人で、他に野良犬、牛が町を闊歩しています。道には至る所に牛糞が落ちています。


てか、メスティアだけでなくこの国ジョージアはとにかく牛が多く、当たり前のように車道を遮り、ドライバーが牛と接触しないよう気をつけて運転する次第です。
もし牛を轢いたらどうなるのだろう?


あとはこれは、ジョージアあるあるだと思いますが、iPhoneカメラで撮影に夢中で、はい、踏みました。牛糞を。もうっ!
踏んだ瞬間、ツルッと滑るのです。
犬の糞を踏んだ時は感触が全然違います。


う◯この話はさて置き、写真でもお気付きかと思いますが、このスヴァネティ地方に建つ家には一緒に石造の塔が立っています。


スヴァネティ地方に住む民族はスヴァン族と言って、やられたらやり返す、一族や家族が殺されたり、侮辱されたら相手に復讐する習慣があります。


その復讐から身を守るために、塔に身を潜めたそうなのです。
だから、塔の名前は復讐の塔と呼ばれています。


ウェブチェックしてた時に先人、諸先輩方が書いていたブログの受け売りでした。


血生臭い話ではありましたが、住民は非常に優しく、親切な人ばかりです。


明日はまたまたハードな一日エクスカーションで、まさに私の中のメインイベントになります。


メスティアでした。

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2018.04.12 (Thu)

ジョージアでよつやすみ

本日は朝8:30ツアーオフィスを出発しました。
カザフスタン人夫婦、サウジアラビア人夫婦(ムスリムではなかった)、トルコ人女性と私の6人プラスガイドのデービットさんでトビリシから西へトルコの国境に近い地方への日帰りミニバンツアーです。

アハルツィへのラバト城 ახალციხეში რაბათის ციხე
まず最初に訪れたのはトビリシからは200kmほど離れたアハルツィヘです。
ここはトルコの国境まで20kmしかありません。
アハルツィへはラバト城というお城があります。


9世紀には町が設立され、13世紀から14世紀末まではこの地域のみやこでした。
モンゴルやトルコの来襲にも耐え続けていましたが、1590年のコンスタンチノープル条約後、この地はオスマン帝国の支配下となりました。


オスマン帝国はここを防衛基地として作り直し、1790年に初めてモスクが建てられました。
しかしながら1829年、露土戦争後のアドリアノープル条約でオスマン帝国はこの地を束なさねければならなくなりました。


現在のお城は2011年から2012年にかけて大修復されたものです。
ヨーロッパのお城ぽくない所もあるので、なんだかワクワクしました。
私は時間的に見る事ができませんでしたが、夜にはライトアップで綺麗にお化粧されたお城が見れます。


ヴァルジア ვარძია
アハルツィへから東方へ走ること約60km、ここに洞窟の町があります。


クラ川の左岸にそびえるエルシュテ山の傾斜に掘られて作られた町です。
その山を見上げたら、なんと、ニヒルな顔した犬が見つかりました。
分かりますか?
500mの高さに最大19層も掘られているそうです。


伝説によると、若かりし頃のタマル王女がおじさんと狩りに来た際にこの洞窟で迷い、「ここにいるの、おじさん」と叫んで自分の居場所を知らせたと言います。
ジョージア語で「アク(ここ)ヴァル(私がです)ズィア(おじさん)」と言い、この叫び声がヴァルジアの名前の由来になったと言います。


洞窟住居群の中央部には12世紀の教会があり、タマラ王女らのフレスコ画が残っています。
教会の名前は生神女就寝教会です。
しょうしんじょしゅうしんと読み、生神女就寝とは聖母マリア永眠の事を言います。
カトリックで言うところの聖母被昇天にあたります。
正教会のフレスコ画には見る者の目を見張らせ、そして心落ち着かせるものがあります。


教会を挟み東部と西部に別れていて、タマラの部屋、会議室、倉庫、食堂、ベーカリー、ワイナリー、薬局など400部屋ほどあるのです。


遠い昔に山に洞窟を掘って住居を築いていった のですが、現在に見れるように外から丸見えだった訳ではありません。
本来は山肌に開いてある洞穴は外から見るこ事は出来ず覆い隠されていました。
つまり山の中に洞窟住居を掘っていったのです。


山肌が崩れ落ちた結果、山の中に作られた住居群が露わになったのです。


山肌を良くご覧ください。
より黒く見える山肌部分が崩れ落ちず残る表面で、白っぽく見える山肌が表面が崩れ露わになった部分なのです。


ペルシャやトルコに対する防衛拠点としてかなり重要だった場所、ヴァルジアを見学しました。

ボルジョミ ბორჯომი
ヴァルジア見学も終了し、途中かなり遅めのランチを食べ、トビリシへの帰路、ジョージアを代表するミネラルウォーターが湧き出る町のボルジョミに立ち寄りました。
チェコでも有名なカルロヴィヴァリのような所です。
歴史公園には水汲み場がありました。


蛇口をひねると水が出でくるスタイルで、ペットボトル片手に水汲みに来る人が絶えません。
注意書きで5ℓを超えてはいけません。とありました。


公園を進むと滝が落ちています。
この時期は雪解け水が流れておりどこも水量が豊富です。滝の上には観覧車があり、公園入り口側からロープウェイで登る事が出来ます。


そして昔の水汲み場だった建物は歴史資料館になっていて、当地にニコライ2世が来た時の写真が飾られていました。


部屋の真ん中に昔の水汲み場が残っています。


私もペットボトルに水を汲んで飲みましたが、ややしょっぱめでした。
水の成分が歴史資料館に展示してあったのですが、あの丸々したジョージア語だったので皆目なんだかわかりませんでした。


市販されているボルジョミは飲み易くて美味しいですよ。
その後、先日出掛けたゴリ、そしてムツヘタを通過し9時にトビリシ到着しました。
長いフルデーエクスカーションでしたが、とても充実した1日でした。

明日はしばしトビリシから離れます。



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2018.04.11 (Wed)

ジョージアでみつやすみ

ムツヘタ მცხეთა
ムツヘタはトビリシより北西約20kmの所にあるかつての都でした。かつてと言っても紀元前4-3世紀から6世紀初めまでと言うかつての事です。


トビリシのDibuneバスターミナルからマルシュルートゥカで行きました。バスターミナルもかなりごちゃごちゃしているのでどこへ行ったら良いのか分からなくなりますが、バスの運転手さんらしき人がどこへ行くのかと声を掛けてくるので、ムツヘタ、マルシュルートカ!と言えば、あっちだこっちだと教えてくれます。
ジョージア人は見かけはごついけれど、みんな優しい。
どこかのプの付く私が住む街とは全然違います。


さて、ムツヘタへ着いた後は早速タクシーを利用して、川を挟んだ反対側の山上に建つジワリ修道院へ行きました。往復で20ラリです。
ジワリからはクラ川とアラグヴィ川の合流地点と町全体、そして遠くにはコーカサス山脈も見えます。


タクシーで町に戻り、今度は川の合流点の所からジワリをじわりと見上げました。


そして町の中心にあるスヴェティツホヴェリ教会を見学です。


カトリックの教会と違い東方正教会の教会は本当に落ち着くものがあり、私は好きです。


このムツヘタは栃ノ心出身地です。

ゴリ გორი
ゴリ&ウプリスチへ日帰りバスツアーに乗りました。
朝9:30ツアーオフィス出発し、まずはトビリシから西へ76km離れたゴリに向かいます。
途中ムツヘタを通過して行きます。


ゴリはスターリンの出生地です。
ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリンと言います。
1878年12月18日に写真下の家で生まれました。
ゴリにあるスターリン博物館の前に本物が存在しているのです。
と言うか、生家の後ろに博物館を建てました。


1953年3月5日に74歳で亡くなっているのですが、博物館が設立されたのは彼の死後わずか4年後の1957年に開設されています。


博物館にはスターリンの写真、資料、所蔵品、70歳の誕生日プレゼントなど、多くの物が展示されています。


ツアーガイドさんこの町で生まれソ連のトップになったスターリンについてこう言いました。
スターリンについては50%50%、つまり好きだし嫌い。


ヤルタ会談に赴く際に乗車した車両もあります。
中へ入りましたが個部屋に分かれていて浴室もあり見事な車両でした。


ウプリスツィヘ უფლისციხე
さてゴリから30分ほど走り、洞窟住居ウプリスツィヘに移動します。


すでに青銅器時代には人類が居住していた形跡があり、紀元前6世紀には町が設立されました。
ジョージアでの最古の町のひとつになります。
シルクロードの経済中心地となり1世紀には5千人もの人口があったとも言われています。


ムツヘタやトビリシに都が移ると町の位は落ちたものの、ムスリムやモンゴルの侵攻に対しての重要な軍事拠点にもなりました。


神の砦と呼ばれています。

ゴリ&ウプリスツィヘツアーは15時ごろにトビリシに戻りました。
その後ワインをしこたま飲んだのは言うまでもありません。




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