2017.06.03 (Sat)

Waldsassenの修道院図書館

ヨーロッパ道路48号線、いわゆるE48を走る。
プラハ、カルロヴイヴァリ、ヘブを抜けるとドイツとの国境だ。
国境を超えてすぐE48右手にはHohenberg an der egerと言う町がある。Feiler社タオルで有名な町だ。
今回はそこではなく、E48から左へ10kmほど車で行くとWaldsassenという町にたどり着く。
そこにはシトー会の修道院が堂々と建っている。


修道院の建物はバロック化されているが、もともとは1133年に設立された。
バジリカ内の装飾が美しすぎる。


この修道院で有名な場所が図書館だ。


有名な図書館なのだろうが、事実、私は存在を知らず、
たまたまGoogleマップでこの辺りを検索していたら見つかり、ぜひ本物を見に行こうと思ったのである。


写真撮影は禁止されているので、ガイドブックの写真で館内をお知らせしよう。
なかなかのインテリアである。


館内は全長25m、幅8.25m、天井までの高さ5.75m。
書棚に取り付けられている木像、書棚の装飾や隠し階段、天井のフレスコ画などとても美しく、そしてユーモアに富んでいる。


Feilerタオルを買いに行くついでにぜひ立ち寄ってみてはどうだろう。

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2017.06.03 (Sat)

Flossenbürg捕虜収容所

プラハから高速道路で西へ走る。
プルゼニュを過ぎ、国境を超えてドイツに入り、一番最初の出口で高速道路を降り、
国境に沿うように北上していくとFlossenbürgと言う小さな町がある。
国境からは直線距離だとほんの5kmしか離れていない。
この場所に1938年から1945年まで捕虜収容所があった。
延べ10万人の者が収容され、少なくとも3万人はここで命を失ってしまった。


収容者のほとんどはナチスドイツに対する反社会的政治犯と犯罪者たちである。
そして、ここに収容所を設営した理由は、ズバリ労働だ。
そばに花崗岩の採石場があり、そこで重労働を課せられた。
その花崗岩はベルリンなどに建設する豪華な建物のための建築材となった。


1943年からは軍需工場もでき、収容者は飛行機の部品の組み立て作業に従事させられ、軍需工場設立と共にバイエルン、ザクセン、チェコに90近くの準収容所が作られたのである。


1945年4月23日に米軍により解放されたが、1500人の致命的な病人しか残っていなかった。


収容者の中にはユシチェンコ元ウクライナ大統領の父親もおり、5か月ほど収容されていた。
そのため、2007年に収容所解放65年記念式典が行われた際、
元収容者84名と共にユシチェンコ元大統領も参加している。


その会報65年記念式典からかつての浴場で常設展示が始まり、
2010年からはかつての収容所の食堂を第2展示室として開館した。

アウシュヴィッツやダッハウほど知られている場所ではないが、
私が出掛けた時もドイツ人団体、チェコ人中学生らが見学に来ていた。

詳しく知りたい方は現地に出掛けて下さい。
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22:16  |  ドイツ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2017.01.16 (Mon)

二泊三日の旅 4

拠点にした町。
Orvieto オルヴィエート。


ここも岩山の上に造られた町。
到着した日はすでに暗くなっていたし、翌日は不本意にもチヴィタに長居してしまったので、最終日の午前中にやっと明るい町を歩く事が出来た。


本来なら昨日の午後、暗くなる前に、町から少し離れた場所まで歩いて行って、岩山の上に造られたオルヴィエートを遠くから見るつもりでいたのだが、先述の通りでそれは叶わず。
圧倒される景色が見れたのに…。
まあ仕方がない。


日曜日の午前と言うこともあるのか、人通りも少なく、一人静かに迷路のような細道を歩く。


その中でもドゥオーモは圧巻だった。
夜に見た時も明るい時も壮大さは変わらない。


しかもチェコではほとんど見かけないタイプだ。


さて、階段のが昇り降りが嫌で有名な井戸には降りなかったけれど町は一通り歩いた。


永遠の都ローマを経由して空港に行こう。


19:20のフライトには少々時間があるから、ローマをそぞろ歩きしてからプラハに帰る事にして、テルミニ駅からメトロでポポロ広場まで行き、そこからスペイン広場、トレビの泉を見て、ボンゴレを食べてから空港に向かった。
ローマをそぞろ歩きなんて贅沢極まりないな。


でもね…。
早くチェコピヴォが飲みたくたくなってきたぞ。

おわり
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2017.01.15 (Sun)

二泊三日の旅 3

昨晩、寝ていると夢を見た。
はっきりと覚えているから怖い。


突然、部屋にコウモリが入ってきた。
次から次へと5、6匹か、いや10匹はいた。
部屋に入るとコウモリは棚の上で伏せて何か様子を伺っている。


なんだ!?
部屋に入ってくるコウモリにビビるも、冷静に彼らの様子を伺うと、彼らコウモリたちに全く悪意は見えない。
さらに冷静さをキープして部屋をチェックしてみると、部屋の壁に巣が3つ作られていた。
巣って…と少々ショックにかられていると、またまた突然に、妹と弟が登場して来た。
そして夢の中で兄妹弟力を合わせコウモリたちにお引き取り願うべく戦っている。
コウモリたちをまとめてバルコニーに放り投げるため毛布に包んでいる。


しかしコウモリの動きは素早い。
毛布に包まれたコウモリたちをそのままバルコニーの外に放り投げ、追いやるも、放り出されたコウモリたちは窓を閉める前に再び舞い戻ってくる。
困った…。
何度か外への放り出しを試みて、やっと2匹ほどは部屋の外に食い止めた。
ところが、部屋に舞い戻ってきているコウモリたちがキーキーわめいている。
そこでなぜだかコウモリたちと話し合いをすることになった。この場面も不思議だ。
だってコウモリたちと話しているわけだから。


話し合いの主旨ははなぜかこうなった。
放り出してしまったバルコニーであれば巣作りも構わないから、せめて部屋からは出てくれないか。
するとコウモリたちは承諾してくれて、バルコニーに巣を作りそこに落ち着いた。


するとそのあと辺りが真っ暗になり、バサバサと何かが飛び交う音が聞こえてきた。
えっ、続編!?
羽音の主は少数ではなくかなりの大群。
なんだ?


その大群はコウモリたちがいる方には近づいてこない。
たぶんコウモリたちが魔除けの働きをしてくれたのだろう。
しかしコウモリたちのいない別の窓には大群が張り付いている。
バサバサと物凄い音だ。
よく見ると白や黄色の蝶。
10匹20匹ではない100は超えたのではないか。
兎に角大群である。
しかもモンシロチョウサイズではなく、アゲハサイズである。
うわっ!となって目覚めた。


コウモリと蝶が出てくる夢なんて初めて見た。


なんだろうと思い夢占いを見て見ると、コウモリは運気の転機、好調の人は不調へ、不調の人は好調へ、アクシデントなどに注意…など良くも取れるし悪くも取れる占い内容であった。


そして蝶も良くも悪くも取れる占い内容が紹介されていた。


これは道中気を付けないといけないと、自分を戒めて、今日1日の活動を開始する事にした。


朝7:50発のバスでこの旅のメインスポットでもある町に出発。
日本でもすでに有名になっているからご存知の方もいるだろう。


その小さな町は崖の上に造られた。
自然現象、特に風化の関係で「死にゆく町」とも呼ばれている。
町の名前はチヴィタ ディ バニョレージョ。
Civita di Bagnoregio


普通ならカフェもしくは食事をしても2時間も滞在すれば十分すぎる小さな町だ。


でも来る前からのんびり滞在したいと考えていた。
考えていたが、ぼくは17:25までいる事になった。
朝の9時前からである。
その滞在時間は長すぎる。
なぜか…。


理由は簡単。
帰りのバスの時間をしっかりチェックせず、宿の主人の情報とネットに頼りっぱなしだったからだ。
宿の主人の情報通りにバス停に行くとその時間のバスは無く、ネット情報の時間にバス停に行くとすでに15分前に出発しており、その後3時間もバスは無く、やっと宿のある町に戻るバスに乗れたのでした。
夢占いにあった不調、トラブルはこの事だったんだ。
完全に自分の不注意だけど…。


でもいろんな時間帯で町を見れた。
太陽が町に当たる角度で見え方が変わる。
天気次第でも見え方はだいぶ違うだろうし、雲海に浮かぶ町の絵葉書もあった。


チヴィタ ディ バニョレージョは訪問するに値する町です。
ぜひ機会があれば出掛けてください。
町の詳しい情報は他のブログや解説にお任せしますが、天空の城ラピュタの…などとも言われているのですよ!
だから来たくなっちゃったのでした。
細矢はミーハーなのです。
そうそう、黒トリフが掛かったうどんみたいなウンブリケッリ アル タルトゥフォUmbrichelli al tartufoはめちゃくちゃ美味かった。
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2017.01.14 (Sat)

二泊三日の旅 2

細矢を乗せた飛行機は12:05に定刻通り動き出し、まさに定刻通り目的空港に到着しました。
預け荷物のない細矢はスムーズに空港を出て鉄道駅ブースへ移動し、鉄道切符売り場で切符を購入しています。
片言の現地語で切符を購入しているようですが、当然、駅員はベラベラ現地語で返してきます。
案の定、細矢は困った顔をして即英語に変えました。
旅行あるあるをまず体験し、気色悪く1人ほくそ笑んでいる細矢です。

空港内では思った以上にスムーズに動けたので、予定していた列車よりも30分早く出発する列車に間に合いました。
この列車の切符は当初予定していた列車よりも10ユーロほど値段は上がりますが、本日の目的地には1時間も早く到着できます。
時は金なりを地でいくことにしました。


空港からこの国の都、古からの永遠の都の駅で乗り換えし北上します。
永遠の都の駅での乗り換え時間が15分しかなかったのは油断していました。ここはプラハではないのです。
最後は駆け足になりながらも何とかインターシティに乗り換える事ができ、永遠の都から2駅、ようやく本日の目的地に到着しました。
永遠の都とはご想像の通りです。
ここはイタリアです。


これから白ワインを飲みに行きます。


明日は調べていて急に見に行きたくなった町に行きます。

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2017.01.13 (Fri)

二泊三日の旅 1

はい、年末年始は怒涛の14連勤でその後もちらほらお仕事をしていましたが、12日より5連休となり、突然には仕事も来ないだろうからほぼ5連休は決まっていたので、どこかへ行こうかなとは考えていました。
とは細矢の発言である。


細矢は続けて言う。
でも寒かったですし、雪もあるから運転は嫌だったんです。だから飛行機をチェックしたら安いのあるじゃないですか。でも行くか行くまいか考えて本当は行かない事に決めたんですけど、いろいろありまして…
そんなこんなで連休前日になってしまい。昨日12日も悩んでてあーだこーだネットサーフィンしていたら興味そそる場所を発見したんです。すでに日本でも知られているけど、ここは見に行かなくてはいけないと思ったのです。だから今ヴァーツラフハヴェル空港にいます。


細矢が言うには出発日前日に1890コルナで航空券購入したと言う。日本円にしたら9500円程度だ。
現地で2泊するらしく、宿泊代は2泊で90ユーロ。
突発的に決めたにしても飛行機&宿で2万円程度だ。
でもなんだか、空港からさらに電車で移動すると言っていた。主要都市に行くわけではなさそうだ。

さてどこに行くのでしょうか?
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2016.10.19 (Wed)

取り扱いの難しい負の遺産について

先日行ったこの家が取り壊されると言うニュースを読みました。


他にも記事があったけど、この記事を紹介します。
http://www.sankei.com/smp/world/news/161018/wor1610180007-s1.html

オーストリアのブラウナウに建つヒトラーの生家が取り壊される方針というニュースです。
取り壊す目的はヒトラー信奉者の聖地化防止のためだそうです。
分かります。
自治体の気持ちはよく分かります。
取り壊した後は新たな建物を建てて慈善もしくは公的な目的で自治体が使う予定のようです。

でも、建物が無くなってもこの場所が無くなる訳ではないので、跡地を見に来る者もいるでしょうし、取り壊す事によってより聖地化する可能性もあるのです。

吉とでるか凶とでるか。
あなたはどう思いますか?




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22:08  |  オーストリア  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2016.10.03 (Mon)

ザルツブルグからのバスツアーと

10月2日日曜日朝8時半。
ザルツブルグのミラベリ広場にいる。
超久しぶりのバスツアーに参加するためだ。
バスツアーなどの仕事をしているのに、今までバスツアーに参加した事がほとんどなかった。
前回バスツアーに参加したのは確か2009年で、パリ発モンサンミッシェル行きツアーだったなぁ。
今回参加したツアーはザルツブルグ発ベルヒテスガデン行きである。
パノラマツアーと言うタイトルだったかな…。


バスツアーに参加した理由は以下の通り。
・今回ザルツブルグまでの移動が自家用車ではなかった
・目的地までの移動で乗り換えがあって面倒だった
・ツアーなら列に並ばなくても良いとか特典があった
・バスツアーと個人ツアーとで金額を比較したら、バスツアーが5ユーロぐらい高いだけだった
バスツアーも行き先によっては便利で安価だから、皆さんも旅の選択肢に入れることをお勧めしまーす。

さてザルツブルグ発ベルヒテスガデン行きツアーに参加した最大の目的は、アドルフ ヒトラーの山荘を見に行く事だった。
前から一度は行ってみたいと思っていたがなかなか実現せずにいたのだ。
が、ついに!である。
ヒトラーの〇〇という事でネガティヴ内容だから、参加者も少数で移動手段はミニバスかと想像していたけれど、なんと待ち合わせ場所に現れたバスは大型49席バスで、しかも満席で出発した。
ちなみに英語ツアーである。
しかも現地に着くと、いるわいるわ。
観光バスから一般車から、とにかくいた。
日曜日だったからかな?
いずれにせよ、ネガティヴ内容の名所だけど興味関心を強く持っている人々が多い事実を感じ得ずにいられなかった。

バス駐車場に着くと、そこでシャトルバスに乗り換え山道を登って行く。
山荘を見学する者は皆、シャトルバスで移動せねばならず、個人で来ると乗車チケットの購入や帰りの乗車時間を登録するのに手間を要する。
が、バスツアーならスルーで進める。


山に掘られたトンネルを通り、山頂近くに建つ山荘までエレベーターで一気に登る。
このエレベーターもバスツアー優先のようだ。


さてエレベーターのドアが開くと、箱の中は金金で目がチカチカしてくる。
東京のクラブか何かのようではないか。
行った事無いけど…。


エレベーターは直接山荘内に入る。
現在はここはレストランになっている。
でもね、ここにねぇ、いたわけです。
山荘でのエピソードなどの解説をここでするつもりはない。
ガイドブックを買ったけどまだ読んでいないし、より詳しく解説している媒体が他にたくさんあるからね。


ムッソリーニからプレゼントされた大理石の暖炉。


外に出ればどれだけ凄い所に建っているか分かるんだけど、残念、霧で全く見えない。


晴れていればこんな絶景が見えるようですよ。
また来るしかないか…今度は車で、そしてハイキングも兼ねて…。


その後ベルヒテスガデンに移動。
小一時間のフリーランチタイム。
2~3km離れた所には綺麗な湖があるけれど、さすがに小一時間では時間が足りない。
それに悪天候だし。
やはり、また来るしかないか…。


さて13時40分ごろにザルツブルグに戻り、今度は個人ツアー。
ザルツブルグから列車に乗り、一度乗り換えでブラウナウ アム インまで来た。


ここブラウナウ アム インはアドルフ ヒトラーの生まれた町で、今も生家が残っている。
彼は3歳までここで暮らしていた。
しかし建物には誰も住んでいないし、建物の前にあえて数台分の駐車場、更に市バスのバス停を設置されている。


建物の裏手。


建物の前に記念碑が設置されている。
「平和、自由、それと民主主義のため
ファシズムはもう無い
数百万の死を思い出させる」
直訳するとこんな感じかな。


ブラウナウ アム インはイン川のブラウナウと言う名だから、町に沿うようにイン川が流れている。
その川の真ん中がオーストリアとドイツの国境である。


片道1時間半かけて来て、滞在はたった50分ほど。
ここも、より詳しく解説している媒体があるから興味ある方はそちらを探してください。

さてさてちょっとコアな1日だったかな。








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07:33  |  オーストリア  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑
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