FC2ブログ

2018.12.22 (Sat)

クリマー巡り České Budějovice編

想像を超えていた!
とはこういう事を言うのですね。
ホント、観る前はあまり期待していなかったもの。


しかしプシェミスル オタカル2世広場に立つクリマーは細矢の想像をはるかに超えており、満足いくクリマーだったのです。


売っている物や食べ物に満足したのではありません。
クリマーの売り物は、ね、もうお分かりですよね。
どこもあまり大したことはない。


で、何に満足したのかと言うと、クリマーのトータルコーディネートです。
広場の広さと屋台の大きさがマッチしていて、さらにスケートリンクの設置の仕方など、全体がしっくりしていてクリマーにいて落ち着くのです。


平日のお昼前だったので学校からの子供達が多く、大人が少なかったのも落ち着いて滞在できた理由かもしれません。
夕方からや週末だったならば雰囲気が変わっていたかもしれません。


それでもこの町のクリマーは細矢の想像を超えて良いクリマーだった事には違いありません。


人口93000人ほど、チェコ第9位の、資料によっては第7位の町、ブドヴァルビールで有名な町、チェスケーブデェヨビツェのクリマーを突撃しました。
町については2012年7月19日アップ分で紹介しています。
昔のブログを読み返してみると昔の方がためになるものばかりだなと痛感しております。
過去ログは興味ないかもしれませんが、ずーっと昔のものから読み返してみてください。
スポンサーサイト



メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
08:11  |  チェコネタ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2018.12.21 (Fri)

クリマー巡り Brno編

「やっとここのクリマーに来ましたか。」
と言う声が聞こえます。
そりゃそうでしょう。
なんと言ってもこの町は人口約38万人でチェコ第2の町なのですから。


ズリーンからのバスが町に入ると、今まで滞在していた町よりははるかに大都市だと分かります。
交通量も多く渋滞もあり、バスを降りて町を歩くと通行人の多さに一瞬ひるみました。


それでも、プラハの中心地と違うのは、すれ違う人達の話す声がみなチェコ語で外国語が聞こえてこない事です。


さらにクリスマスプレゼントでも入っているのでしょうか、行き交う人々の両手が袋でいっぱいになっています。


地元民が地元の中心地に出てきて買い物をするというのは良い事だと思います。
仮に地元民でなく、近郊の人かもしれないけれど、生活感のある中心地はその町の活力を感じさせるのです。


そこもプラハとは全く異なります。
プラハも中心地で生活している住民はいるのに、観光客が多すぎて生活感を感じないのです。
それにプラハ市民もクリマーを観に旧市街には来ても、そこで買い物なんてしないでしょう。


クリマーがテーマなのでクリマーについて語ると、勝手な先入観があってその先入観をぬぐい切れないのですが、プラハの中心地にあるクリマーは最早、外国人観光客のための物になっている気がしてならないのです。


と、観覧車に乗りながら、町をブラブラ歩きながら考えていました。


この町のクリマーはモラビア広場、自由広場、ドミニカ広場、キャベツ広場にあります。
そうここはブルノでした。
メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
08:23  |  チェコネタ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2018.12.20 (Thu)

クリマー巡り Zlín編

ウヘルスケー フラデイシュテェの朝のクリマーに20分ほど滞在した後、もし間に合うのならば!との思いでバスターミナルへ駆け込みました。
チェコのローカルバスは運転手から切符を買うのがほとんどなので、予め交通アプリ「IDOS」でチェック済みのバス停へ一目散に向かうと、ちょうどお目当てのバスがバス停に入車して来ました。
そのローカルバスに揺られること約50分、やって来たのはズリーンです。


人口約75000人でチェコ第11位の町です。
共産党政権下時はゴットヴァルドフと呼ばれていました。


ズリーンは何と言っても製靴会社Baťaが有名です。
Baťaのおかげで発展したと言っても過言では無い町です。
ズリーンの大学もトマーシユ バタィャ大学と言います。
ťaのカタカナ書きを強引にタィャにしたのですが、いかがなものでしょうか。


Baťaの尽力のもと、町は計画都市と呼ばれるスタイルで発展していきました。
なんだろう、中心地は多少チェコ感があるけれど、町に入ってすぐに見えてくる薄レンガ色の建物がやけに統一感があってチェコっぽさが無く、それが違和感を抱かせ不思議と別の国に来た感じにさせるのです。
なかなか行きにくい町ですが、その薄レンガ色の町並みを見て欲しいです。


そして、あのトランプ米国大統領の最初の奥様イヴァンカの出身地でもあるんですよ。
どうでもいいか…。


さらにこれはおススメで、毎年5月終わりから6月の初めにかけて、子供向けの国際映画祭を開催して、日本からはキネコ(キンダーフィルム)も参加していいます。
キネコ映画祭も日本であるのでぜひググってみてください。


て、そんなズリーンのクリマーに突撃しました。
ここのクリマーには他の町のクリマーでは見かけなかったスペースがありました。
それは大きなテント内でのイートスペースです。
このテントを見て「いいね!」と心のボタンを押していました。


プラハに戻る前にあの町に立ち寄ります。
メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
10:12  |  チェコネタ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2018.12.19 (Wed)

クリマー巡り Uherské hradiště編

暗がりのプシェロフをひとまわりし、プンチュを飲んでクリマーを観る目的も果たしたので、プシェロフを後にし、列車に乗って南へ約50km移動しました。
ここも初訪問となる町でウヘルスケー フラデイシュテェです。
スロバキアに行く時に車窓からは見た事があったのですが、やっと訪問する事が出来ました。


18時過ぎに到着したので、すでにクリマーのイルミネーションは灯っていて綺麗だったのですが、よくクリマーを見るともう後片付けをしている屋台があります。
んー、なるほど。
チェコ第41位で人口約25000人の町ともなると、クリマーが閉まる時間も早いようです。


宿屋でチェックインをしてクリマーのあるマサリク広場に戻ってみると、ホットワイン屋以外のほぼ全ての屋台が片付けを終了しており、広場を歩く人が見当たりません。


まだ19時ごろです。


なんか出てきそうで、薄気味悪さもありましたが、こんなクリマーも良いですね。


クリマーで食べるチャンスがなかったのでレストランで夕食をとり、夕食後にあの静けさを再び味わおうと広場に出掛けてみました。


まだ20:30ごろです。
プラハではまずこの静けさは味わえません。


あれ?
片付けをしたという事は、もしかしたら明日の朝に来れば、クリマー準備中の様子を見れるかもしれない。
そう思い、この日は宿に戻りました。
下の写真はまだオープン中18時過ぎのものです。


チャラチャラチャチャーン
(ドラクエで宿屋に宿泊後、朝になる音楽)


朝9時5分前、広場にあるカフェで朝食を取りながら準備中のクリマーを見ようとやって来ると、もう準備完了で営業中の屋台が並んでいるではありませんか。
朝、早っ!


昨晩とは全く違う広場になっていました。
屋台をざっと見ると売っている物も多種多様で、一軒一軒のぞいてみたくなります。


とは言っても、はクリマーに慣れてくるとどこの町のクリマーも結局は大差無い事に気付きます。
だから朝のクリマーも20分ほどしか観てはいませんが、細矢はここのクリマーがとても気に入りました。
広場の規模と屋台の大きさがしっくりきて、そして屋台の並び方の雑然さが気に入った理由のひとつだと考えています。


来年のクリマーがどうセッティングされるかは運営者のみしか分かりませんが、ウヘルスケー フラデイシュテェのクリマーは訪れる価値ありです。
では次のクリマーへ突撃すべくバスターミナルへ移動します。





メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
07:28  |  チェコネタ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2018.12.18 (Tue)

クリマー巡り Přerov編

この日、パルドビツェのクリマー見学後はプラハに戻りませんでした。
翌日がお休みだったのでさらに東へ東へと進んだのです。
Go East Go East、プラハから東へ約260km離れました。
ここはプシェロフです。
人口約43000人ほどでチェコ第26位にランクインしています。


プシェロフも初めて訪れた町です。
クリマー巡りを思いついたおかげで、チェコでの初訪問地が増えていて、ベタな?有名な?観光地以外へはあまり行っていない事に気が付かされています。
だからでしょうか。
プシェロフに到着したのが16時前の日没時で、クリマーはイルミネーションが灯るので良い時間帯に来た事になるのですが、暗くなり始めで町並みがよく分からず、なんだか悔しい感じがするのです。


でも、このテーマはクリマー巡りなのですから、クリマーに重きを置きましょう。
コメニウス博物館があるとか、町の北郊外に25000~30000万年前のマンモス狩猟者の居住地の遺跡が発見されたとかは、別の機会にしましょう。


プシェロフのクリマーは駅から15分ほど歩いた町の中心地でもあるT.G.マサリク広場で開かれています。
クリマーに着いて屋台を物色していると早速、幸せの鐘を鳴らす少年を発見しました。


そう言えば全然気にしていないかったけれど、プラハのクリマーには幸せの鐘ってありました?
平和広場とかデイヴィツェ地区のクリマーにはあったのかな?
プラハの人は幸せ(と思っているだけ?)だから鐘が無いのか、「幸せの金」なら欲しいのか、さあどうなのでしょう。
もしかしたら、プラハの人がそこまで思慮深いかは分かりませんが、「鐘を設置したら鳴らす人が多すぎてすぐ壊れる」、だから、あえて設置していないのかもしれません。
プラハに戻ったら鐘を探さねばなりませんね。


さて、プシェロフは経由地です。
ここから南へ50kmほど下ります。


メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
10:00  |  チェコネタ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2018.12.17 (Mon)

クリマー巡り Pardubice編

この日も午前観光終了後にプラハ本駅に直行しました。
いつもよりも足早で駅まで歩き、チケット売り場も行列ができていなかったおかげで、予定よりも1本早い12:24発の列車に滑り込みセーフです。
その列車は定刻通り出発し、プラハ・リベーン駅、コリーン駅と停車し、13:21分パルドビツェ駅に到着しました。
細矢が下車する駅です。


そうなのです。
今回はプラハから東へ約125km離れたパルドビツェのクリマーに突撃したのです。
パルドビツェは人口約91000人でチェコ第10位の町です。
私の税理士さんの出身地でもあります。
また細矢のバイオリンの師匠がパルドビツェのオケに所属していました。
今その師匠は日本で活躍しています。
そうなのです。
細矢はバイオリンを練習していたのです。
が、忙しいというのを言い訳に、もう長い事バイオリンを手にしていません。
ダメだなあ、オレ…。


さて、パルドビツェ駅から市バスに5,6分乗り、さらに徒歩で数十秒、信号待ちがあれば1分少々でパルドビツェの中心地にあたるペルンシュテインスカー広場に辿り着きます。
この広場にパルドビツェのクリマーがあるのです。


ただ週末なら賑わっていたのかもしれませんが、この日は月曜日の13時半過ぎ、広場はガラガラです。
閉じている屋台もありました。
それでも「幸せの鐘」を鳴らす者やホットワインを飲む者など、多分ですが地元の人がクリマーを楽しんでいます。
ここの屋台はソーセージが多かったですね。


ただやはり長居は出来ず、駅に戻りました。
パルドビツェには秋の競馬の時に再訪したいです。
未だ観戦した事は無いのですが、1874年から開催されている大障害レースが有名なんですよ。


さあ、それでは次へ行きましょう。
さらに東へ向かいます。
この日はプラハには戻らないのです。



メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
19:22  |  チェコネタ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2018.12.13 (Thu)

クリマー巡り Hradec Králové編

先日JK'sをお迎えしました。
そのJK'sと共に市内観光をし、遊覧船に揺られ、保育園を訪問し、マリオネット作り&芝居をしたりなどして、JK'sのプラハ滞在が満喫できるように、細矢は献身にお手伝いをしていました。
ですから、JK'sお手伝い期間の数日間はクリマー巡りをする時間を作る事ができませんでした。
そして、そのJK'sをお見送りをしたこの日、再びクリマー巡りの時間ができたので久々にクリマー突撃をしてきました。


JK's空港お見送り後、プラハ本駅10:58発の列車に乗り込み、一度乗り換えをして12:23に目的地駅に到着しました。
そして駅から徒歩で約15分、クリマーのあるマサリク広場に来ています。
マサリク広場ってのはいろいろな町にあるのですが、ここのマサリク広場はフラデツ クラーロヴェーのマサリク広場です。


そうです。
今回はチェコ第8位、人口は約94000人のフラデツ クラーロヴェーにやって来たのです。
プラハからは東へ115km離れています。
フラデツ クラーロヴェー、長いので略してフラクラと呼んじゃいますが、西欧史好きな方はおそらく「1866年ケーニヒグレーツの戦い」でご存知かと思います。
ケーニヒグレーツとはフラデツ クラーロヴェーのドイツ語表記なのでした。


この戦いはオーストリアとプロイセンの戦争、いわゆる普墺戦争で、オーストリアが大敗した戦争でもありました。
で、ハプスブルク家の威光がさらに失墜した事でも知られていますよね。


それから…って、まあ今回のテーマはクリマー巡りで、あくまでもクリマーがメインですから、歴史の話には行かずにクリマーの話に戻しましょう。
さてフラデツ クラーロヴェーのクリマーですが、ただひと言、「小さい。」
町の規模に比べたら本当に小さいのです。
でも、ここフラクラのクリマーは他の町より期間が短くて12月7日から16日までしか開いていないのです。
だから小さく抑えているのでしょう。


そして売っている物も安いイメージがあります。ハム塊グリルの値段が100gでなんと55コルナでした。
プラハ旧市街の約半値です。
安い!
ホットワインも0.2ℓで30コルナでした。
これまた安い!
だからランチとしてハムを頂きました。
ハム屋さんには「200gお願いします。」と頼んで、ハム屋さんもOKと言っていたのに、削ぎ切られたハムの重さは300gありました。
もしここがプラハだったならば有無を言わせず300gのハムを手渡されるのですが、ここフラクラのハム屋さんは、削ぎ切ったハムを秤に置いて300gだと知るとすぐ「これは、300gは多いですよね。」と問うてきました。
でも、また削ぎ切ってもらうのも面倒臭いし、お腹も空いていたので300gのハムをそのまま受け取り、むさぼり食べて、満足したのでもうプラハに戻ります。
夕方には空港にいないといけないし。


あっという間の滞在でしたが、またひとつのクリマーをクリアです。
そういえば、先週と比べると車窓からの景色がだいぶ変わり屋根や地面に白さが増しておりました。
そういえば2、修学旅行のお手伝いは楽しかったな。
ではまた。


メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
17:06  |  チェコネタ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2018.12.08 (Sat)

クリマー巡り Olomouc編

この町のクリマーはハシゴではなく単体で来ようとも考えていました。
前評判がかなり良いからです。
「あそこのクリマーは良いらしいよ。屋台も充実してるんだって。」
そんな声を聞きました。
それならば時間をかけてゆっくり観に行った方が良いのでは無いかと考える細矢がいます。


いたのですが、こんな細矢もいるのです。
「せっかくオパヴァとオストラヴァまで来ているんだぜ。それにその町はすでに何度も来ているからクリマーだけを観れば良いいんだろ。クリマーだけなら2時間もあればいいんじゃね。途中下車しちゃえよ。」


天秤が大きく揺れています。
オパヴァとオストラヴァのクリマーを観て少々疲れてきた15時半の細矢は、「もうあそこのクリマーは次でいいや。プラハに帰ろっかな。」と、ちょっと投げやり気味になっていました。
しかし、16時過ぎの細矢はオストラヴァ本駅の切符売り場でこうファイナルアンサーを下しました。
「オロモウツまで一枚。」


情緒不安定者か!


てな事で、チェコ第6位、人口約10万人の町オロモウツに来ました。
2013年に「おろおろオロモウツ」というタイトルで簡単に町紹介しているので、ご興味ある方はそちらでオロモウツを知ってください。
そしてこの町には日本からの大学生が交換留学生として勉学に勤しんでいます。
頑張れ、大学生!


そうそう、肝心のクリマーですが評判通り良いです。
ホルニー広場とドルニー広場で開設されていて、メイン会場はホルニーで、ドルニーには仮設スケートリンクがありました。
ちなみにホルニーは上の、ドルニーは下の、って意味になります。
到着時が17時半過ぎになっていて、すでにイルミネーションが灯っていたのも相乗効果をもたらしました。
やっぱりクリマーはイルミネーションなのですね。
あとトゥルデルニーク屋さんが見当たらない。
あったのかな?
無くて良かった。
あればかりだと幻滅するんですよね。
さらにタイミング良く花火が上がったのです。
オストラヴァで見れなかった花火をオロモウツで見ました。


まだ他の町のクリマーに行く予定でいますが、もしどこかチェコのクリマーに行きたい!と考えている方はオロモウツのクリマーは行ってみる価値はあります。
ぜひどうぞ。


まだ、あそこも、あそこも、行っていない。
キリがないけどクリマー巡りはまだ続きます。



メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
07:24  |  チェコネタ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT