2017.01.05 (Thu)

蜂蜜入り蜂の巣

先日、チェコ有数の温泉地でもあるカルロヴィヴァリに出掛けた時の事です。
確かに前からあったと認識はしていましたが、人間て面白いものでその時に興味がないと見えて来ないようで、前までは全く気にかけていなかった物に目が止まったのです。
それは「蜂蜜入り蜂の巣」でした。


カルロヴィヴァリの郊外にあるDalovice村の養蜂家が販売元で、蜂の巣もそのまま食べられるようになっているから、必要なだけ手で割って調理に使用する事ができるます。


一欠片割って食べてみると、まあ普通にハチミツでした。
ただハチミツは口の中で溶けてなくなるのですが、残った蜂の巣を噛み続けているとなんかチューインガムのようになってしまったので、飲み込むのを諦めてしまった事もご報告せねばなりません。
多分、熱いティーとかクッキングに使えば問題ないのではないかと思います。


値段はひと瓶78コルナでしたので、日本円にしたら400円ぐらいです。
面白いし安いですよね。
他の町でも販売しているのかどうか分からないのですが、もしカルロヴィヴァリに出掛ける機会があったらお土産にひとついかがでしょうか?


フジーデルニーコロナーダとマーケットコロナーダの間にオプラトキと言うウェハースを売っているお店があって、そこで売っていましたよ。
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2016.09.07 (Wed)

ピーセクの石橋

プラハから南へ110kmほどの所にピーセクという町がある。
1243年に設立されている。
実際にはもっと前、旧石器時代から人類が生活していた形跡はあるが、ピーセクと言う名が、1243年にヴァーツラフ1世が発行した文書に初めて登場するので、1243年設立となっている。
町にはオタヴァ川が流れ、その昔は金が採掘されていた。
しかし町の設立の目的は金採掘だけでなく、Zlatá stezkaと呼ばれた中世の通商行路を守る目的があった。
Zlatá stezka 黄金の道。

13世紀後半、プシェミスル オタカル2世の命により、橋が建設された。
全長約110m、幅は6.25mと小さい橋ではあるが、プラハのカレル橋よりも古いのである。
これにより、Zlatá stezkaはバルト地域と地中海地域が結ばれたのである。

また橋は鹿の橋と呼ばれていたのだとか…。
昔話によると、最初に渡ったのが予期せね事に森から出没した鹿だったんだとか…。
ただ、ほとんどの住民は古い橋と呼んでいた。
2007年になってやっと、ピーセクの石橋 と決まり、名前については一件落着となった。
2002年の大洪水では増水した水面から橋に立つ聖人像の姿のみが見えるほどまで増水し、橋自体は水没してしまっている。
その後、迅速な修復工事のおかげもあり、今も13世紀後半の姿を残すピーセクの石橋を見、渡ることができるのである。


そうそう。
ピーセクは橋だけではない。
町も可愛らしいので、プラハから南に出かける際は立ち寄ってみてはいかがだろうか。
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2016.08.27 (Sat)

アドルフ ロース

仕事柄いろいろ人と会え、いろいろな場所に行ける。
橋の視察旅行、ダムの視察旅行、ホップ畑、保育園、車工場、ビール工場、チェコハイキングツアー、サイクリングツアー、マラソンツアー、合唱…。
ぼくはそれら分野の専門家ではないけれど、日本から来るお客さんのヘルプとして付き添うのだから、ある程度の事は勉強しておかなければならない。
だから付け焼き刃的な所があるのは否めないが、広く超浅く知識を入れる努力をしている。

今回はアドルフ ロースについてだ。
1870年にブルノで石工の子に生まれた。


1893年から3年間アメリカに滞在し、シカゴ万博を訪れた際に刺激を受け、それが彼の建築スタイルの礎となった。
「装飾は罪だ」と言う言葉を残し、ロースが設計した住宅の外観にデコレーションがない。
室内にいる時は外観なんて見えない。
ならば、インテリアのデザインを重視せねば。
しかし、装飾的な物は要らない。
自然の良い資材を使えばそれがそのまま装飾になる。
と言うコンセプトだったようだ。


またロースによると、「空間内の個々の部屋に平はない。」と言う事で、室内に入ると、共有スペースは壁やフロアで隔てられていない。
それを「ラウムプラン」と呼んでいる。


インテリアには高価な資材が使われている。
大理石、トラバーチン、楓、マホガニー、レモン、サクラ、梨、ガラス、シルク、銀糸…インテリアを見ていて飽きる事が無い。


リビングルームにある椅子は色々なデザインがあり、統一性が無い。
ロース曰く、リビングルームにいる人のその時の雰囲気、体調、気分は皆が同じではないので、その人がその時に座りたいと思う椅子に腰掛けるべきなのだそうだ。


部屋の左右対称、空間の明暗、床に敷くカーペット、棚に置く小物にもこだわりを持っていた。
しかもシンプルで使い易さも重視している。


ちなみにここはプラハにあるミューラー邸。
1928年にフランティシェク ミューラーの依頼で建てられたが、周囲の建物との調和が取れないデザインのため、なかなか建築許可が下りず、1929年6月にやっと許可が下りて、その後10か月で完成させている。


室内の撮影は禁止されていたのに、今回の見学では携帯のカメラであれば撮影OKとなんだか決まりの悪い許可をもらい、撮影をした。


さて、アドルフ ロースはピルゼンでも仕事をしている。
当時ピルゼンはシュコダ社や関連会社のおかげで、富裕層が多く住み、彼らが住む住宅の設計依頼があったのだ。


ロースはピルゼンでインテリアの設計、建物を含めた設計を合わせ、13軒の設計を手掛けた。


第二次世界大戦、その後の共産党政権下で大ダメージを受けてしまったが、13軒の内の8軒がなんとか残り、大修復をし、現在は4軒で一般公開されている。


1930年頃の近代建築、インテリア好きには是非見て頂きたい代物である。
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2016.08.25 (Thu)

Prim

東ボヘミアにNové město nad metuí という町がある。
その町には産業がありまして、日本ではまだマニアの人にしか分からないかもしれないけれど、ここからなかなかの物が提供されている。
本当になかなかの物だ。


その工場見学。
従業員50人ほどで、そのなかなかの物を作っている。


部品も他社から取り寄せることなく全て自社製だというのがここの自慢だ。


いろいろな機械のそばには、なかなかの物のための部品が無造作に置いてあった。
その部品は全部小さい。


そのなかなかの物の心臓部を形成する歯車、ネジ、芯棒みたいな物がこれまた無造作に小分けされていた。


見学を進めて行く。
あっ、なかなかの物の顔の見本表だ。


そうです。
なかなかの物とは時計でした。
ここはPrimと言うチェコ時計の工場だったのです。


オメガでもなく、ロレックスでもなく、パテックフィリップでもなく、セイコーでもなく、とにかくマイナーだけど良い時計が欲しい!という人はmade by czechのPrimをチェキラー!!
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2016.08.24 (Wed)

ヤン レッツェル

皆さん、この建物を知っていますか?
今の姿はこの写真と全くかけ離れた姿になってしまっていますが、
日本人であれば絶対に知っている建物です。


この絵はがきを送った人が建てました。
絵はがきには12月29日の日付が書かれ、消印はURAGA12月31日となっています。
そして内容は以下の通りです。
「あなたに、今日、博物館の建設が始まった広島から挨拶を送ります。
明日は宮島に行きます。」
宛先はオーストリア‐ボヘミア ナーホド
宛名はヴァルブルガ・レッツェロヴァー
なるほど、広島からの絵はがきなのですね。
しかも文面からすると、博物館の建設が始まったとあります。
博物館・・・?
物産陳列館ではなかったのか・・・?


これら資料の隣にあるガラスのショーケースには、
何やら瓦礫状の石が4つ展示されていました。
何を隠そう、実はこの石は最初の写真の建物の石なのです。


この建物を設計した建築家の名はヤン・レッツェル。
同名でホテル経営者の父と母ヴァルブルガの間に生まれました。
なるほどなるほど、広島からお母さんに宛てた絵はがきだったのですね。


ヤン・レッツェルについての詳細は↓のブログを読んでください。
http://gambrinus.blog45.fc2.com/?no=564

そうです。
彼は広島物産陳列館、今は原爆ドームと呼ばれているあの建物を設計した建築家なのでした。
その彼の出生地でもあるNáchodに彼が眠っており、、
運良く訪問する機会があったのでお墓参りをしてきました。
小さくはありますが彼の資料展示が中心地に建つホテルU Beránka のロビーあるのですよ。
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2016.08.06 (Sat)

ヴルタヴァの絶景

ドイツの大型スーパーKaufland。
そのチェコ店舗のコマーシャル写真。
ぐるりと川が曲がっている風景。
どこ…?
たぶんこのコマーシャルを見た人は思った事だろう。


まあチェコだから、ヴルタヴァだろう。
だってヴルタヴァはチェコの母なる川だからね。
だから地図を見て、まず、プラハから南へ40kmほど行った所の「スメタナの眺め」に行った。
でもここは違う。


そしてそこから5kmぐらい車で走ってTeletínへ。
「Májの眺め」へ行く。


景色は美しいがKauflandのそれとは違う。


でもここはヴルタヴァの綺麗な景色ベスト5には入る場所である。
ちなみにこのエリアは「聖ヤンの急流」と呼ばれている。
現在はダムの関係で急流ではないが、昔は深い石崖でヴルタヴァの急流地域だったのだ。
スメタナが作曲した「我が祖国」の中にある「ヴルタヴァ」にも聖ヤンの急流をイメージして一部のメロディーが作られている。


Májの眺めは綺麗だっけどKauflandではなかった。
またそこからさらに南へOrlíkの方へ進む。
もうプラハから70kmほど南へ来ている。
Zduchovice村に車を置いて森を歩く。
たどり着いたここは「Altanの眺め」。


おおぉ!ここだぁ!


見つけた!
Kauflandのあれはここだ。
しかし、地図を見直せば近辺には他にも似たような場所がいくつかあるから、もっと綺麗な景色の場所はあるかもしれない。

スメタナもマーイもアルタンも車を置いたら片道1kmは歩くけれど、休日どこも行く所が無くて、でもどこか行きたい!という人は見に行ってみましょうか…。



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2016.07.25 (Mon)

プラハから1番近いチェスキーラーイ

チェスキーラーイとはチェコの天国と訳されている。
一帯には砂岩の地層帯が広がり、絶景を眺めながらハイキングができ、老若男女問わず人気のある行楽地である。
しかし、チェスキーラーイは広い。
中でもフルバースカーラとかプラホフスケースカーリは特に人気スポットであるが、今回はプラハから1番近い所にあるスポットを紹介しよう。


プラハから北へ、リベレツへ向かう高速道路R10号線に乗り、exit63で降りる。
高速道路の出口が近づいてくると、進行方向右手には砂岩の岩山が見えてくるはずだ。
その岩山こそがチェスキーラーイのひとつで、エリア内にMužskýと言う村があるので、そこまで車で行ってしまおう。
朝早ければ駐車場は混んでいないはずだ。
駐車場にはna krásné vyhlídceという名のレストランがある。
そこからチェスキーラーイハイキングスタートだ。800mほど歩いたら「冷たい通路」に到着。


チェコ語ではStudený průchodと言う細い通路は巨岩の隙間にできている。


幅もせまいところだと60cmあるだろうか…。
すれ違うのも大変だ。


そんな細い通路を冷気が抜けていくのだ。


そのまま緑の中を歩いて行き、drábské světničkyに向かおう。
元は13世紀に作られた砦である。


岩の上に登ると辺り一帯を一望できる。


そのまま地図を片手に標示に従って歩いて行くと、いきなり広々とした場所に出る。


岩山の上にいる事を一瞬だけ忘れてしまうけれど、隅まで行けばすぐ崖の上にいる事を思い出させる。


日本だったら、「入るな危険!」地帯になってしまうだろうか…?
ここでは幼稚園児ぐらいの子供も普通にハイキングしているんだ。


昔の祈祷穴もあった。


巨岩の隙間に作られた通路を上り下りし、


巨岩の上から遠望し、


その巨岩の連なりをこの目で見、


ゆっくりと歩きながらハイキングを満喫するのです。








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17:26  |  ボヘミア地方  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2016.07.18 (Mon)

ラベ川の源 エレベ川の事

今日はラベ川の源をご紹介します。
ラベ川はエルベ川の事です。

今回、私はシュピンデルルーフ ムリーンからアプローチしました。
当地は冬季にスノボで良く来ていましたが、夏季に来た事はありませんでした。


シュピンデルルーフ ムリーンでも奥の方に位置するメドヴェティーンまで行って、まずはリフトで一気に登ってしまいました。


目指すはPramen Labeです。
まず6.5km歩きます。
9:10にスタートしました。


曇り空ではありましたが心地よい気温で歩くのには苦になりませんでした。
最初のうちは…。


歩いていると突如、廃墟となった監視壕らしき物が現れ一瞬ドキッ!としました。
しかしこの地域は昔から国境付近だった訳ですから、必要とする時代もあったのです。


すでに決めていたルートで進み、チェコで1番高い位置にある滝、パンチャヴア滝に着きました。
パンチャヴア小川の流れがこの崖を流れ落ちて行きます。
滝の天辺が海抜1298mで滝底が海抜1150mだから、その高さなんと148m。


パンチャヴア滝のそばアンブロジュ展望から谷を見下ろします。


そしてスタートから1時間40分、ラベ川の源に到着です。
源は海抜1386.3mに位置し、ここから1154kmの距離を流れて行きます。
実際の源はこの場所よりも少し高い所の荒れ地にあるのですが、1684年にフラデツクラーロヴェーの司教ヤン タンベルクが奉献した場所を今日も源としています。


1968年にラベ川が流れる24の街の紋章が設置されていました。
しかし、現在は28に作り直されています。


さて、麓から見たら雲なのでしょうが、霧が立ち込めて来ました。
ポーランドとの国境に沿って歩いています。


深い霧のため、す建物も目の前に現れるまで見えません。
この建物も絶壁の上に建っているのですが、霧で崖下が見えません。


数分したらチェコ側の方の霧が消えたので、先程の建物を見に戻りました。


しかし絶壁はポーランド側に位置しており、未だポーランド側の霧は消えておりませんでした。
が、なんとか絶壁感は分かりますよね。


それでは先に進みましょう。
ラベ川の源まで歩いた道が遠くに見えます。
ここからは下りです。


ラベ滝も悠々とした姿を見せます。


この滝の流れるようにとはいきませんが、私も滝が落ちる谷に降りて行きます。


結構な勾配で、石ゴロゴロ段差有りで、左ヒザ裏にピリピリ痛みが走ります。
そうなのです。
5月末のソフトボールの練習試合で左腕登板後、バランスが変だったのか、左ヒザ裏に痛みを持っているんです。
まあ、関係のない話でした。


遠くにパンチャヴア滝の全景が見えます。


パンチャヴア小川の水もラベ川に注ぎ込んでいるのです。


スタートから6時間30分、15:40ごろ駐車場に到着しました。
今日の歩行距離は20kmほどで…、それから2時間チョット車で走り、帰宅となりました。
運転中、無性にグラーシュが食べたくなったので、近所のホスポダでハンガリー風グラーシュwithポテトパンケーキを頂きました。


あっ、そうです。
先日購入したTilakは大活躍でした。

次はいずこへ。



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21:02  |  ボヘミア地方  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑
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