2016.07.23 (Sat)

スピシュ城


スロヴァキアにある観光地でもメインの場所のひとつにシュピシュ城があります。
丘の上に建つそのお城は、堂々とした姿をしており遠くからでも一目で分かります。


ここも10年ぶりに来ましたが、前は上の写真にあるアングルからしか見ていなかったので、今回はいろいろなアングルから見てみました。
ライトアップもされるのです。


朝、Dúbravaと言う村まで行き城を見ると、なんと雲海の上に建つ姿を見る事ができました。
天気が良ければ遠くにタトラ山脈が見えるようです。


Baldovceと言う村からの姿です。


城のある町のSpišské Podhladieに戻る途中からの姿で、スピシュスカーカピトゥラと呼ばれる修道院にある聖マルティン教会と城です。


Spišské Podhladieから城を見ました。


別アングルです。


町から見える姿の真裏からの城です、


角度を変えました。


高速道路の出入り口に近い所にあるレストランの駐車場からです。


シュピシュ城は天空の城ラピュタのモデルなどと言われていますが、実際どうなのでしょうか。
天空の城ラピュタが公開されたのは1986年です。
当時チェコスロバキアで共産党政権下でしたから、情報を手に入れられたかどうか分かりません。
またネットで検索すると、同様にモデルになったと言われている場所は他にもあるんですね。
ただ、神秘的な城には間違いありませんので、機会があれば是非見に行ってください。
良いカメラを持って…。


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2016.07.22 (Fri)

高タトラ

Vyské Tatry 高タトラはスロヴァキアの屋根です。
おそらく地理の授業で出てきたと思いますが、あのカルパチア山脈の一部なのです。
最高峰の山はゲルラホフスキー峰で2655mあり、他にも2000m級の山々が連なります。
2番目に高いロムニツキー峰2633.9mへは麓の町タトランスカーロムニツァからロープウェイを乗り継いで一気に登る事ができます。
かなり人気なので長蛇の列になる時もありますし、天候によっては乗り継ぎからのロープウェイが運休する事もあるので注意が必要です。
私は10年ほど前に来た時にロムニツキー峰には行きました。
そのため今回は隣町のスタリースモコヴェツ(ヴィソケータトリ)に行き、10年前には廃線状態でしたが復活したケーブルカーでHrebienokまで登り、そこから2452mのスラフコフスキー峰まで登山する事にしました。


しかし心配な点がありました。
それは、今までのハイキング&トレッキングではあまり勾配の激しいエリアはなく、登山でも1000mを超えるぐらいの高さでしたし、高い山でもピークまで乗り物で行って山下りがほとんどだったので登山はあまりしていない事です。


ケーブルカーである程度の高さを登りましたが、表示によると4時間30分登るとあるのです。
体力、高所などで少し心配がありましたが、スタートしました。


初めは緑の中を、そして緑も無くなり岩肌を登っていきます。
高タトラは麓の平地から一気に起伏しているので、下を見下ろすとかなりの高さに感じられます。


上に行くに従って岩岩の登山道も細くなり、傾斜も急になります。
途中、傾斜は緩やかでもロッククライミングのようによじ登る場所も出てきました。
その時、頭の片隅にある見出しがよぎりました。
「40代男性、登山中に転落死。」


あのような見出しを見ていつも、「なんで転落なんてするのかなぁ。」と思っていたのですが、現場に来て思い直しました。
転落死は十分あり得るのです。
突風に煽られる。
バランスを崩す。
岩場を踏み違える。
それを考え始めたら、見なくても良い下方を見てしまい、あまりの高さに、急勾配の細い岩場道を歩くのが怖くなってきました。


あともう少しでピークに到着か、という場所まで登った時に考えました。
登れるかもしれないけれど、降りられないかもしれない。
残念だが今回はここまでにしよう。


しかし、後々ゆっくりと地図など見直した所、このコースのピークは本当にあと少しの距離だったようです。
高地での体力消耗で思考力も落ち、上の写真にある最高峰が到達地点と勘違いし、登る気力を失わせてしまったのです。
そんな事は知らないその時の私は下山して優雅に滝見学に行きました。


高タトラには他にもたくさんの登山道、トレッキング&ハイキングコースるのでまた行こうと思います。
今度は登頂だ!


高タトラでした。





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2016.07.21 (Thu)

ドブシンスカー氷洞窟

低タトラ山脈の東側にはスロヴァキアの天国と呼ばれる地区があります。
高い山はないけれど山峡渓谷が広がり、自然保護地域に指定されています。
そこに高難易度低難易度いろいろありますが、ハイキングを楽しむ者、特に冒険好きな者が集まります。


スロヴァキアの天国の中でも特にここは大人気の場所です。
それはDbšinská ľadová jaskyňa、ドブシンスカー氷洞窟です。


1871年に公開され、1887年にはヨーロッパで最初に電灯が設置された洞窟で、全長1483mもあります。
見学コースはその内の515mで、所要時間30分ほどです。


そしてここも2000年にユネスコ世界遺産に登録されています。
ですから氷の碑が飾られています。
たぶん氷板だと思います。
氷の洞窟なので記念碑も溶けません。


洞窟内の氷で覆われている部分の平均気温は-3.9から-0.2℃あり、氷で覆われていない部分でも0.8から3.5℃あるのです。


氷の層を見る事で改めて人間世界でない時間の流れを感じます。


さらに岩の隙間、穴から注ぎ込む雪や水で氷化し、自然の力で造られたモニュメントが度肝を抜きます。


しかしながら温暖化の影響もあり、氷が減っている問題が生じているのです。
いつまで変わらずにあるでしょうか。


山頂に建つ城に見える氷。


ウェディングドレスを着た花嫁さんにも見える氷。


次来た時は様相も変わっているかもしれない。


ドブシンスカー氷洞窟でした。


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2016.07.20 (Wed)

Vlkolínec ヴルコリーネツ

またスロヴァキアの村です。
大ファトラ山脈の北東に小さな村があります。


海抜718mのこの場所に14世紀から集落が存在していました。
険しい山の中腹に45軒の家が建ち並んでいます。


建物は木造建築で、壁は黄、緑、ピンク色で塗られています。
でも、10年前に来た時は壁の色がもっと雑だった気がするのですが…。
さすがに10年経てば変わるか…と思いました。が、


が、しかし、村を散策している時に気が付いたのですが、綺麗な色の壁はメインストリートに面している建物だけで、メインストリートに沿っていない路地裏の建物はだいぶ古びていました。


その路地裏にある古びた建物ですが、私はガツガツ路地裏には入る事が出来ず、メインストリートからチラ見するだけしかできませんでした。
なぜなら現在でも村民が生活をしており、奥まった古びた建物こそ、彼らの生活の基盤になっているからです。
現に、路地入るべからず、写真撮るべからずステッカーを貼り付けている建物もあったのです。


ヴルコリーネツは1993年にユネスコ世界遺産に認定されています。


そうそう、村入り口の家前で、6,7歳になろうかと言いう男の子が小さな屋台を出していました。
2番目の写真にいます。
屋台の前を通り過ぎる時に話しかけられました。
男の子「いらっしゃいませ。見ていって下さい。」
おっさん「まず村を見るから、その後に来て見るね。」
男の子「わかりました。待ってます。」

優しさだけで生きているおっさんはさすがにスルーできず、屋台に立ち寄り人形を2体買いました。1体1ユーロです。
パーキングに行こうとすると、男の子のお姉さん(たぶん8歳)が駆け寄ってきます。
女の子「忘れてました~。2個買った場合は1個サービスなんです。だからこれあげます。」
おっさん「えっ、そうなの。ありがとう。でもちょっと待って。」
と小銭入れを見ようとしたら、女の子は言います。
「本当に1個サービスだからいりません。」
だから3体の人形をプラハに持って帰ります。

またまた村でした。


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20:23  |  スロヴァキア  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2016.07.19 (Tue)

Čičmany チチュマニ村

スロヴァキア北部に連なる小マトラ山脈から南方に続く丘陵地にひっそりと、しかし、個性豊かな村がある。
ちなみにタトラ山脈はマトラの東に位置するので注意。


個性豊か村とは…?


外観が幾何学模様や花や鳥などで描かれた木造建築が建ち並んでいるのだ。


元々のしきたりとしては女性が描き、しかも、家の角にだけ描いていたのだけれど、19世紀から全体に描かれるようになった。


装飾の意味は魔除けではないかと言われているが、実際は、泥で下書きした上に石灰を重ね塗る技法を用い、木造の壁を太陽光線から保護しているのだそうだ。


しかし残念なことに、1921年の大火災で7割近くの家が焼けてしまった。
そんな被害にも負けず、すぐに復興作業が行われた。
現在は装飾付きの家は136戸。
今でもちゃんと村人が生活をしている、


昔、村民の主な生業は森林での作業や羊飼いだった。
確かに羊飼いは見かけたが、今は観光業がメインになりつつあるようだ…。


スロヴァキアのチチュマニ村についてでした。
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