2017.06.21 (Wed)

あらら、やっぱり。

久しぶりにここを通りました。
お客さんがジョンレノンウォールを見たいとご希望があったからです。
ジョンレノンウォールから水車の見える小橋を渡っだ時、変化に気が付きました。

まず一言。
細田くん、残念でした。
やっぱり外されちゃいました。
あのNちゃんとの錠前。
せっかく番組で取り付けたのに、カギを水路に投げ捨ててまで。

Before




After


しかし、いたちごっこのようです。
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2017.06.01 (Thu)

下も向いて歩こう

プラハ随一の高級ブランド店通りになったパリ通り。
旧市街広場を背に右手にはカルチェから始まり、ゼニス、ディオール、ボスレデイース、ベニ、ティファニー、ネスプレッソ、エルメス、フェンディ、ボッテガ、カロリヌムロレックス、プラダ、ロンシャン、エルメネジルド ゼニア、トリーバーチ、フェラガモ、モンクレール、ピンコ、ビーシービージーマックスアズリア、ロロピアーナ、リモア、ディーゼル、ドルチェアンドガッバーナ、インターコンチネンタルと続く。

片や左手にはロベルトコイン、ブライトリング、ルイヴィトン、ブリオーニ、オーデマピゲ、ハラダ、ジミーチュー、グッチ、パテックフィリップ、バーバリー、カロリヌム高級腕時計、トッズ、ブルガリ、セリーヌ、パジスカー17、旧新シナゴーグ、モーゼ像、ボスメンズ、エスカーダ、コス、アウトレットが並ぶ。


さらにパリ通り一帯はアールヌーボー装飾イッパイの建物が並ぶから、パリ通りを歩くとどうしてもショーウィンドウやファサードを見てしまうので目線は上向きになってしまう。
しかし、一度目線を下に向けてみよう。
それはなぜか?
華やかなだけでなく、忘れてはならない歴史を思い出させてくれるからだ。
それが写真にあるプレート。
石畳一帯の歩道にぽつりぽつりと小さなプレートがはめられている。


そのプレートをよく見てみると、ここで生活していたユダヤ人が、いつどこに強制送還され、いつどこで殺害されたかが記されているのだ。


チェコのテレジーンで殺害された人。
テレジーンからポーランドのトレブリンカ強制収容所に運ばれ殺害された人たち。
テレジーンから同じくポーランドのウッジに運ばれ殺害された人たち。
テレジーンからポーランドのオスヴェティン、ポーランド語オシフィエンチム、ドイツ語でアウシュビッツに運ばれ殺害された人たち。


そう、パリ通りのおよそ半分、そして周辺地域はユダヤ人街なのである。
華やかな気分が冷めてしまうかもしれないが、この場所で起こった出来事も事実なのである。


たまには下も向いて歩いてみよう。
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2017.05.25 (Thu)

何度目のプラハ?

ある番組を観ました。
お小遣い予算4万円で3泊ぐらいするようです。

なるほどなるほど、勉強になる話題もあれば、
んんっ、首をかしげるものもある番組でした。
でもトータルでは面白い番組だったと思いました。
面白いと言っても日本からの旅行者にはですけれど…。
チェコ人が同じ過ごし方をするかどうかは微妙ですが、まあ、番組テーマのターゲットは日本からの旅行者だから、アリ内容です。

でも、これはチョットと思ったのがありましたので、クレーマー細矢一言物申します。
それは錠前鍵についてです。

カレル橋付近にの手摺り数か所には、いつのころからか錠前鍵がつけられるようになりました。
カップルが永遠の愛を誓うというアレです。
パリでも、どごでもあるあれです。

プラハでは確か2013年とからかな、それくらいから始まったと思います。
しかし、よろしくないという事で何度も業者が取り外し作業を行い、手摺りそのもの全てを取り替えてた場所もあるのです。


それにも関わらず、番組ではプラハはまだ施錠大丈夫という体で錠前を取り付けていました。
若者の流行りだとのことです。
ちなみに番組で紹介された手摺りも、以前、全く新しく付け替えられた手摺りです。
新しい手摺りになったのですが、それでもすぐに新しく錠前が取り付けられ、カップルの名前と日付が記されています。
名前を見ると外国人の名前がほとんどでした。
あとはイニシャルだけの錠前もあったので、チェコ人カップルはイニシャルしか書いていないのかもしれません。


日付は2016,2017年ばかり、まさに新しい手摺になった後につけられた錠前です。
番組では「話題提供しましたよろしく!」的に錠前を取り付けていました。


でもね、いつ取り外し作業があるでしょうか…。
ちょっと見ものです。
プラハに来るみなさん、感化されないでください。
錠前はつけないでくださいね。
どうせいつか外されますから。
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2017.05.07 (Sun)

建築工事現場

「ヨーロッパの建物はなんでくっついているんですか?」
観光中によく聞かれる。
ぼくがガイド学校に通っていた時に先生はこう言っていた。
衛生、防犯、管理にはくっついていた方が良い。
衛生は路地ができると路地にゴミがたまり、便をする者もでてくる。
防犯は路地に悪者がたまる。
管理は路地を挟んでどちらの建物が衛生、防犯の管理をするのか揉める。


なるほどね。
確かにその点については利点がある。
「では、もし建て直す時はどうするのですか?」
その時はこうするんです。


じゃーん。
がっつり、どーん。
クラッシャージョウ。


隣り合っていた建物の痕が残る。


さてここは一等地だけど、リニューアルしたらどうなって、何になるのかな。
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2017.03.28 (Tue)

トラム23

3月25日から復活した。
プラハ交通局のチラシではニューとなっていたけれど、ぼくは知っている…以前は存在していたことを…。
どれくらい前だっただろうか?
いつの間にか無くなっていたのだ。
トラム23番。
しかもプラハのトラムでぼくが一番見慣れているT3タイプである。


23番はプラハ観光地の最大の要所であるプラハ城停留所を通る。
今までプラハ城までは22番の一本だけでしか行けなかったのが不思議なくらいだったけれど、23番と言う選択肢が増えた。
ただ、23番のルートは22番ルートの短縮に過ぎないから、選択肢が増えたと大手を振って喜ぶわけにはいかない。
だってこの路線上で何か事故でも起こったら、結局はトラムでプラハ城に行けなくなるのだから…。


さらに23番のダイヤも少ない。
写真はプラハ城停留所の坂を下って行く方の時刻表だけれど、平日も土日も8時代から18時代までしなく、しかも30分に一本間隔になっている。


これはなかなか、23番に出会う確率は低いですね~。
勝手に出会えてラッキーなトラム、幸運の23番にしてしまおうかな。


さああなたも23番に乗ってみよう!

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15:00  |  プラハを探す  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)  |  編集  |  Top↑

2017.02.16 (Thu)

プラハを探す ニコラス ウィントン

日本人会会報2月刊行の内容と被ってしまい申し訳ございません。
しかしながら、当ブログでもニコラス ウィントンを紹介したいと思います。
ニコラス ウィントンについては日本にいる友人から情報を得ました。
『ニコラス ウィントンと699人のこどもたち』というタイトルで映画にもなっているようです。


ニコラス ウィントンは1909年5月19日にロンドン生まれた英国人です。
両親はドイツ系ユダヤ人でしたがユダヤ教徒ではなく、宗教色も濃くなく、
よってニコラスもユダヤ人の血を引き継いでおりましたがキリスト教の洗礼を受けていました。
仕事は主に株のブローカーでビジネスマンだったのですが、どの神が手綱を取ったのか分かりませんが、
1939年3月14日から8月2日までにユダヤ人も含め699人ものチェコの子どもたちの命を救う事になったのです。

1938年9月、ミュンヘン協定にてチェコスロバキアはズデーテン地方をナチスドイツに割譲されました。
その後のナチスドイツの動向(チェコ侵攻の予測)と侵攻後の対処として、
イギリスにあるチェコ難民委員会は難民救出活動を行っていました。
しかし人手が足りず、ニコラスに救援依頼が掛かったのです。
ニコラスはスイスへのスキー休暇を取る予定でしたが、
予定を変更して救出活動の援助をするためにプラハに来ました。
救出活動を目の当たりにしたニコラスは、子供の救出に手が回っていない事を知り、
本国イギリス内務省の許可を得て、里親や身元引受人となる人々も確保し、
子供たちの救出活動を開始しました。

当時は旅客機など飛んでいないので、もちろん陸路で移動するしかありません。
プラハ本駅(当時ウィルソン駅)を出発した救出列車はドイツのニュルンベルク、
ケルンを経由してオランダのフク ファン ホラントに到着し、そこから船に乗り換えイギリスのハリッジへ渡り、
再び列車に乗り換えてロンドンに向かうルートを取りました。
その救出列車を1939年3月14日から8月2日まで8度運行させ、
699人もの子供たちの命を救ったのです。
本当は9月1日にも250人の子供を乗せた列車がプラハを出発したのですが、
列車はプラハに引き返して来ました。
なぜなら同日に第二次世界大戦が勃発してしまったからです。
そんなニコラス ウィントンは英国のシンドラーとも呼ばれ、チェコ政府からもいろいろと表彰され、
2015年7月1日に106歳という長寿で亡くなりました。


ちなみに2009年9月1日にウィントン列車がプラハ本駅を発車しました。
この日は戦争勃発の影響で成功裡には至らなかったラスト救出日から70年に当たり、
当時の救出ルートでロンドンまで4日かけて移動するプロジェクトが企画実現されたのです。
当時のように蒸気機関車を手配し、実際に救出された子供たち22名を始め、
彼らの子、孫など総勢170名が乗車してロンドンに向かいました。
そして終着駅のロンドン・リバプールストリート駅では、
ニコラス ウィントン自らが当時のように彼らを待ち受けていたのです。
一方、出発駅のプラハ本駅では列車出発前に、ニコラス ウィントン像の除幕式が行われました。
その銅像は今もプラハ本駅1番線ホームに立っています。
駅に行く機会がありましたらぜひご覧ください。


2月15日現在では駅工事の関係で銅像は木箱の中にいます。
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13:45  |  プラハを探す  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2016.12.12 (Mon)

テレビ塔を見て

なんかシンクロしたんだ。
あれ、こんな風景見たぞって。


何年か前に一時帰国した時だったなあ。
姿形は全く違うけど、通りの向こう、川の向こうに立つ高い塔を見た時と共鳴したんだ。


そう、東京スカイツリーを見た時をハッと思い出したんだ。


でもスカイツリーは634mもあるけれど、この塔は216mしかない。
ジシコフタワー、いわゆるプラハテレビ塔。


公式WEBサイトによると、他にも93m地点に展望台があって、70m地点に一室のみのホテルがあって、66m地点にレストランがあるんだ。
さらにチェコで一番高く、チェコで一番高い展望台で、世界で2番目にブサイクな建築物なんだとさ。
って、1番ブサイクはなんだろう?

でもね、なんだか、ハッと、よぎったのでした。


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20:49  |  プラハを探す  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2016.12.10 (Sat)

クリスマスマーケット プラハ6

今日は12月10日、ぼくのバースデーまであと一週間でキリストのバースデーまであと二週間となりました。


みなさまはもうクリスマスマーケットに行きましたか?
旧市街広場?ヴァーツラフ広場?共和国広場?
ナーメステーミール?
ネ、ネ、ネ(no,no,noの意)。


プラハ6区のkyjevska通りに行ってみて。
その通りが広場のようになっている所に、こじんまりとクリスマスマーケットが出ています。


ホットワインとかサイダーとかソーセージ、ハンバーガーなど飲食ばかりだけど、中心地のマーケットに比べたら格別に安い。
ホットワイン0.2ℓで30~35コルナでホームメイドニョッキなんかも80コルナ前後(多分100g)だって。
ハンバーガーも美味しそうだった。


小さいお子さまのいるあなた、人の多い所が苦手なあなた、でもクリスマス気分を味わいたいあなた。


ここに来てみてはいかが?
あっ、でも、いつまでやってるかチェックするの忘れた。


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17:47  |  プラハを探す  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑
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