2011.12.31 (Sat)

プラハを探す レゴ博物館

2010年の年末。
プラハ1区のナーロドゥニー通り31番地に340㎡の敷地を持つレゴ博物館がオープンした。
レゴは紛れもなく、永遠の玩具だろう。

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・年中無休10:00~20:00
・入場料
大人200コルナ
シニア、学生130コルナ

子供(身長120cmまで)無料
子供(身長150cまで)130コルナ

身長で分けるのですか・・・


ファミリー(大人二人と子供二人)450コルナ
学校割引一人90コルナ、先生無料

撮影代20コルナ
10人以上のグループは10%割引

決して安くはないと思う。

20テーマが分かれていて、テーマに合ったレゴが展示されている。
その数、2000体。100万ピース使われているそうだ。

日本語のテキストガイドがある。

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以上、乗り物、町シリーズ。

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建物、モニュメント。

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海賊からSFまで。

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スターウォーズ。

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スペースシャトル。

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バービー?なのか・・・

色々と製作が可能なのであれば、レゴがガンダムとコラボしたら売れるのではないかな~
買う者は絶対いるはずだよ。商品レベルが高ければ買いそうだからね・・・

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当然ここでレゴの購入可能。
永遠の玩具をプレゼントにいかがですか?


レゴ博物館へお暇なら来てよね。





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2011.12.30 (Fri)

プラハを探す ヒストリカルトラム 

プラハ市営交通
MHD městské hromadné dopravy

プラハ市民の足である地下鉄、路面電車、路線バスを運行させている。

1875年9月1日操業開始。
鉄道馬車が市内を走り始めた。
そこから早20年後の1896年3月16日には電気鉄道が走り始めている。

まさに産業革命だ。

その後、路面電車、トロリーバス、1974年からは地下鉄の運行が開始された。

2011年12月30日現在の主な運賃は以下の通り、

30分有効:24コルナ
90分有効:32コルナ
24時間有効:110コルナ
72時間有効:310コルナ
1年定期券:4750コルナ

切符は地下鉄、路面電車、路線バス共通である。

この歴史ある市営交通は観光目的として、あるサービスを行っている。
それがレトロなトラムで街を巡る、チャータートラムの運行だ。 
今からほぼ100年ほど前に製造されたトラムをメンテナンスし、古都プラハを走らせる。
「大正か?」と錯覚さえ起こすかもしれない。

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このタイプのトラムに当時の制服を来た運転士、車掌が乗り込む。

現在運行しているトラムには車掌は同乗せず、運転士しか乗っていないけれど、
昔は車掌も同乗していたので、このヒストリカルトラムには車掌が同乗する。
運が良ければ、漫画に登場しそうな車掌さんと遭遇できる。

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すごい体格の方だ。

このトラムを運転するためには特別教習を受けなければ運転できない。
ハンドルもブレーキも昔のままで、動きが重いため、運転士は体力が必要とのことだ。

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ハンドル。

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これがハンドルのようだけど、実はブレーキ。

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冬場はレールが滑らないように、砂をまきながら走行することもある。

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そして、トラムの入り口から車内に入る扉には、写真のような小さな窓が付いている。
たて6cm、横10cm程度の大きさで開閉できる。

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この窓は、車掌と乗客が切符の売買の際に使用する窓である。
冬の寒いときに乗車した客がすぐ暖かい車内に入るため、
出入り口付近にいる車掌はこの窓に手を通して切符を乗客に渡し、
乗客はこの窓を通して運賃を車掌に渡していたそうだ。

今は予め切符を買っていないといけない。
トラム車内では切符を売っていないのである。

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このヒストリカルトラムは市民にも人気だから、このタイプのトラムに乗車していると、
市民も微笑ましい笑顔を投げかけてくれる。

写真にある黒い棒は、切り替えポイントの線路を手動で切り替えるための棒だ。
現在はセンサーで自動にポイントが切り替わるけれど、昔は常に手動で切り替えていた。
昔といってもつい15年前はまだほとんどの切り替えポイントの場所は手動だったけれど・・・

今もたま~に手動で切り替えているよ。

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では出発進行!








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2011.12.22 (Thu)

鯉の季節

♪忘れられないの あの人が好きよ

エプロン巻いてさ 包丁見てたわ

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私は仲間と 大きな桶の中

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浮かんで泣いたの 訳もないのに

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鯉は私の恋は 赤く染めて燃えたよ

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死ぬまで私を ひとりにしないと

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あの人が言った 鯉の季節よ

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鯉の季節
珍奇ーなキラーズ


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2011.12.19 (Mon)

ある一つの時代

2011年12月18日、日曜日。

チェコ全土に悲報が伝わった。

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チェコ共和国初代大統領ヴァーツラフ・ハヴェルが75歳で人生の幕を閉じたのである。

国民はある意味、スタンディングオーベーションで、
「よくやってくれた!!」と、彼を見送ったに違いない。

激動期のチェコでチェコの歴史の一時代を築きあげた男なのだから。

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共産党時代は投獄も経験し、

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革命時は、「ハヴェルをプラハ城へ!」の合唱を受け、

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再婚で、「やはり若い女優がいいのか!」と痛烈に批判され、

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ř の発音ができないからとコケにされ、

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車に乗る時は必ず助手席に座り、

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「操り人形のような動きをする。」と笑われたけれども、

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チェコ国民は皆、あなたを愛していたのです。

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チェコ国民だけでなく、あなたを知る者はすべて、あなたを愛していたことでしょう。

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ヴァーツラフ・ハヴェルさん、75年の人生、終わってみたら楽しかったでしょ?

安らかにお眠りください。



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2011.12.18 (Sun)

チェコ町歩き 鯉の町 トゥシェボニュ

2011年12月17日

日中かけて南ボヘミアのトゥシェボニュに行ってきた。
正確にはシェ、ニュと言う発音ではないのだけれど、カタカナ表記ができないから、シェ、ニュで書いている。

この地域「トゥシェボニュスコ」は「チェコのカナダ」と呼ばれ、湖、池の多い地域だ。

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チェコは海がないから、夏場はこういった湖、池で泳ぐ者が多いし、リゾート地になっている所もある。
そして、チェコには海がないけれど、漁業も存在するのだ。
海がないけど海軍もあるし、共産党の時代だって文化庁があったのだ。

そもそもチェコの漁業は何をしているのかと言うと、「鯉の養殖」である。

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養殖場の入り口にあった看板。

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養殖場。

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生簀が並んでいる。

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中にはたくさんの鯉が泳いでいた。

この仕事に携わる人はまさにこの時期が書入れ時だ。
この時期に働かなくては、チェコ漁業は語れない。
なぜなら、チェコの伝統的なクリスマス料理が鯉の料理なのだから。

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出荷用のトラック。

クリスマスの一週間前ぐらいから、各町で「鯉の市場」が開かれる。決して「恋の市場」ではない。
鯉の市場の写真はまた次回紹介しよう。

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養殖場併設の販売店。

写真には撮れなかったけれど、ちょうど店の前にいた時、
若いお母さん、若いおばさん、娘(4歳ぐらい)が鯉を買いに来たので一緒に入店した。

店員さんは丸々に太った2匹の鯉を台に乗せ、お母さんに尋ねた。
「どちらがいいですか?」
お母さんは答えた。
「どちらでもいいわよ。でも、じゃあ前のにするわ。」
店員はさらに尋ねた。
「さばきますか?生きたまま持ち帰りますか?」
お母さんは、さも当然でしょ、と言った感じで答えた。
「生きたままよ!生きたまま!!」

丸々生きたまま購入。70cmぐらいはあったと思う。
スーパーのビニール袋に入れてもらい店を出た。
袋の中で鯉がピチピチはねている。

娘はそれに恐怖し、お母さんとおばさんはいたずら心で娘に鯉の入った袋を近づける。
娘は「Ne Ne Ne!!」と悲鳴を上げ、お母さんとおばさんはそれを見て高笑い。

なんとも微笑ましい光景を目撃した。

クリスマスまではあと一週間あるから、クリスマス用に買ったのであれば、
どこかで飼育していなければならない。

私は以前、早めにクリスマス用の鯉を買った場合は、クリスマスまで水を張ったバスタブで鯉を飼う。
と言うことを聞いたことがある。
あの家族もそうするのかな???
そうすると、その間、シャワーも浴びれないのかな?ちょっと心配になってしまう。

さらに、娘に鯉の情がうつらなければよいが・・・
だって、鯉の情がうつった娘が、鯉をさばくときになって、
「鯉がかわいそうだから、湖に逃がそうよ!」
と泣き出すかもしれないではないか。

そんなことを思いつつ町の中心へ向かう。

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中心へ入る町の門。
アーケードの内側がスグラフィート技法で装飾されていた。

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町にあった貯蓄銀行の壁にはこんな彫刻が。
本当に漁業の町なのである。

町を散策し、空腹を覚えたので魚料理レストランを探し、
一足早く、クリスマス料理の鯉を食べることにした。

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まずは魚のスープ。

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濃厚でクリーミーなスープ。

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あっという間に完食。

メインはウェイターの推薦で、ちょっと焙ってグリルした鯉をにんにくで味付けたもの。
本来クリスマスの時は鯉のフライを食べるそうだけれど、フライではつまらないから、
推薦してもらったのだ。

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切り身2つ。付け合せは当然ジャガイモとなった。

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黄色くマッシュされている物がにんにく。
味はほとんどにんにくで、鯉の味はわからなかった。
でも、にんにく好きの者にはたまらない味付けである。

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当然完食。

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美味しかったけれど、食べるときは骨に注意しないといけない。
小骨は少なかったけれど、この骨・・・

食べ終わったし、さあもうプラハに帰ろう。

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町を後にする。


実は12月17日は記念すべき私の何十回目の誕生日で、
今後、恋多き、内容の濃い人生で、「何でも来い!」と器を大きくし、
人に請い、乞いを求めぬようするため、故意に鯉の料理を食べに、
トゥシェボニュに来たというわけなのさ。



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2011.12.15 (Thu)

今思えば、恥ずかしかった?話。

外国で生活をしていると、大変なことが良くある。
もちろん日本で生活をしていたって、大変なことはたくさんあるだろう。
しかし、日本だったらすべて日本語で、母国語で解決ができるではないか!
外国だとそうは行かないでしょ。

私が住むチェコの母国語はチェコ語だ。
最近はイングリッシュが通じやすくなってきてはいるけれど、
住んでいるのであれば当然、チェコ語を使わなければならない場面も出てくる。
それに、チェコ語を使ったほうがチェコ人の対応も良いし、
お店などでのサービスが良くなったりするから、極力チェコ語を使うようにしている。

ただ、やはりチェコ語は難しいから、会話中、
とんでもない表現を使っているためチェコ人が唖然としたり、
まったく理解されなかったり、失笑、爆笑を買うこともよくある事だ。

日本で活躍している外タレさんが、
わけの分からない表現を使って爆笑を買っているのと同じである。

私がプラハで生活を始めて3か月が過ぎた頃、食生活の違いか、
生活の緊張感からなのかはわからないが、重度の便秘になってしまった。
どちらかと言うと私は快便くんなので、
何日も出ないから心配になり便秘用の薬を求めるべく薬局に行った。

チェコ語で便秘を何と言うか調べてから行けばよかったものを、
調べずに行ってしまったのが後の祭り、店員さんの爆笑を買ってしまったのだ。

日本語訳で会話を振り返ってみよう。

店員「次の方!何がお入用?」
私「あの~、チェコ語で何と言うのかわからないのですが、ある薬が必要なんです。」
店員「はい、でっ?」
私「はい、私は今、〇〇〇〇〇〇(便秘を表現した言葉)を持っています。」
店員「はいっ?」
私「ですから、〇〇〇〇〇〇を持っているんです。」
店員「・・・・」
私「だから、〇〇〇〇〇〇を!!」
店員「イエジシマリア(オーマイゴッドの意)!うひゃひゃひゃひゃひゃ・・・〇〇〇〇〇〇って。」
私「・・・・」
店員「はははは、はっ~わかりました。これをどうぞ。」


無事薬を手に入れることはできたけれど、
ありえない表現だったのだと後々知った。
私が使ったチェコ語は、

Mám tvrdý hovno. マーム トゥヴルディ ホヴノ。

無題
「私は硬いう〇こを持っています。」

確かにこれはありえないな。笑われても仕方がない。納得です。
ちなみに便秘はzácpa ザーツパと言います。
渋滞も同じです。要は詰まっているんです。

あ~あ、恥ずかしかった。
と、あまり思ってはいないんだな~これが・・・



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2011.12.12 (Mon)

プラハを探す 天空のレストラン

どや顔で紹介するほどの場所ではないけれど、ここを紹介してみよう。

旧市街のど真ん中にいながら、人混みを避け、落ち着け、つい「うわぁー」と声が出てしまう場所だ。

そこの料理はインターナショナル。
僕は過去に、海老とパスタとティラミスを食べたことがある。おいしかった。

特に入り口などの写真は載せないけれど、旧市街市庁舎の塔に登れば見つかるはずだ。
塔に登ったつもりでさがしてみよう。

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見当たらない。

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なんだ、プラハ城か。

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カレル橋ではないか。

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んっ? レストランらしき場所があるぞ・・・
もう少しよってみよう。

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よりすぎたか・・・
でも、間違いない。レストランだ。

さすがにこの時期は真冬で寒いから、
「何でこんな時期に紹介すんの?」
という声が聞こえてきそうだが、そこは敢えてこの時期に紹介するしかないのである。

なぜなら、今、この時期に紹介しておけば、季節が良くなった時にはすでに、
皆さんもこの内容を忘れてしまっているでしょう。
そうすれば、ここは混雑しないですからね。

あぁ~考えが小さい小さい。

でも考えが小さくなるのも仕方がなく、ここは予約を一切受け付けていない。
だから運が良ければ食事ができるし、運が悪ければ何度足を運んでも食事ができない。

実際、以前予約しようと思ってテラスに行ったら、頑なに、
「予約は受け付けておりません。」
と断られたことがある。

兎にも角にも運まかせの店なのである。

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でも、季節が良いと、本当に気持ちよく、のんびりできるよ。
皆さんもチャレンジする価値はある。
旧市街のど真ん中でのんびり食事でもしてみてはいかが?

hotel u prince 最上階。 入り口にはBlack Angels と看板が付いている。
冬季はストーブもあるから、がんばれば食事ができないことないけれど、
何月までテラスはオープンしているのかな?
気持ち値段は高めに設定されているけれど、パノラマ代だと思えば許容範囲です。



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2011.12.06 (Tue)

プラハを探す? さがさなくても見つかるって。 Karlův most カレル橋

カレル橋

プラハにある歴史的建造物で最も有名な物の一つにあがるであろう。

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1357年神聖ローマ帝国皇帝カレル4世の命で工事が始まった。
しかし、プラハ初の橋ではない。

もともと木造の橋があった。
1157年にその橋が壊れてしまったため、
時の王様ヴラディスラフ2世がイタリアにある石橋からインスピレーションを受けて、
新しい橋を築くことを決めた。

1158年から1172年にかけて、ドイツのレーゲンスブルグの石橋(1146年)を見本に建設を行っている。
橋の名はヴラディスラフ2世の奥さん、つまり王妃の名が付けられた。
王妃の名はユディタであったから、橋の名は「ユディタ橋」。
全長514mほど、幅は5~6mで、21のアーチが橋を支えていた。

当時アルプス山脈以北の中央ヨーロッパでは、この手の橋はレーゲンスブルグとドレスデンにしかなかった。

そのユディタ橋が1342年2月3日に壊れてしまった。
ちょうど節分だったので、鬼退治を目的に市民が豆をまきまくったのである。
「豆の威力はそうとうだった。」
と、当時の歴史書にも載っている。

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というのはもちろん嘘。洪水で壊れてしまったのだ。

橋が壊れてしまっては交通に支障をきたす。
カレル4世は新たな橋を造ることを決意し、建築開始日が吉日になるよう占星術を用いたそうだ。
いつか?
135797531 わかりますか?
奇数は偶数に比べると縁起が良いとのことです。

1357年7月9日5時31分

確かに7月9日の朝5時代はもう明るいから、工事を始めるのにまったく問題はない。
カレル4世が自ら定礎して、45年後の1402年に橋が完成した。

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工事に45年も掛かっているわけだから、残念ながらカレル4世は橋の完成した姿を見ていない。
カレル4世は1378年11月29日に肺炎を患わせて亡くなった。享年62歳。

橋が完成してから長い間は「プラハ橋」、「プラハの石橋」と呼ばれていたけれど、
1870年ごろから「カレル橋」と呼ばれるようになった。

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全長約516m、幅9.5m程度、16のアーチが橋を支えている。

何度も修復が施され、約600年もの間プラハに架かっている頑丈な橋だが、
過去一回、大きな被害を受けた。
1890年9月4日に大洪水があり、橋の一部が崩壊したのだ。

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しかし、それ以外は大きな被害もなく、頑丈に架かっており、
50~60年ほど前は、路面電車などの車両も行き来していた。

頑丈に造られたのには理由があって、砂岩のブロックを積み重ねるために使用したモルタルの中に、
卵白を混ぜて粘着力を増したということだ。
2008年にあるチームが成分調査をしたところ、確かに卵白の成分が発見されている。
しかし、2010年の化学技術大学の発表によると、「そんなことはない。」と反論されてしまうが、
さらにその後の調査では、ミルク、ワイン、果てはチーズまで使われていたことが判明されたのだ。

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カレル4世は橋を造る際、各地域に命令した。
「プラハに卵を送れ!」
王の命令なので、たくさんの卵がプラハに集まってくる。
しかしある村は気を使いすぎてしまった。
「せっかく王に捧げる卵なのだから割れてはいけない!」
という理由で、ゆで卵を送り届けてしまったのである。

これは有名なエピソードだ。

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プラハを語る上で欠かせない建造物のカレル橋。
いったい一日にどれほどの人が渡っているのだろう?
果たしてぼくは今まで何回渡ったのか?
プラハを訪れた者は必ず渡るであろうカレル橋。

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ぼくがプラハで一番好きな場所です。

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