2013.06.28 (Fri)

吐かせたろうをめざして レッスン13

前回のレッスンからちょうど1週間。

この1週間、吐かせたろうをめざしている私は、
毎日バイオリンを触りながら、弓を握りながら、
それぞれの指の動き、手首の動き、肘の動き、
そしてそれぞれの位置を確認していた。
完全に確認作業である。

教本にある曲の練習もしたが、
曲をスムーズに弾く練習よりも、
手指の動きに重点を置いていた。

弓を持つ手と弦に置く指の正確な動きを単発ではなく、
連発で安定して動かせるべく、反復練習をしていたのだ。

今週は2度もクラシック音楽のコンサートを聴くチャンスがあり、
それを見て、「正確な動きをコンスタントにできなければだめだ。」
と気付かされたのである。

まず、チェコ人女性のチェロ奏者の動きを見てそう思った。
チェロの弓の動かし方はバイオリンのそれとは全然違うけれど、
弓を持つ手、弓を動かす指や肘の動きは機械のように正確に動くのである。

ため息をつきながらもチェロ奏者の動きを観察し、
初心者ながらにバイオリンの動きに置き換え、
イメージトレーニングをしていた。

ところでチェロの音ってなんであんなにセクシーなのか…。
惚れる。

そして次に、わが師匠が所属するオケのコンサートを再び見て、
コンバス、チェロ、ビオラ、バイオリンと弦楽器奏者の動きを観察。
師匠の動きはまたまた大柄チェコ人の間に埋もれ、よく見れなかったが、
弦楽器奏者の動きを見て正確な手指の動きに見惚れた。

でも弦楽器奏者だけでないんだ。
管楽器も打楽器もみんな動きは滑らかで機械的、
ものすごく正確に動いているのである。

それらコンサートを見て悟った。
「曲が弾ける云々より、まずは正確な動きを!」

前回の宿題でもあった「みつばち」と「セレナーデより」で、
正確な音が出る場所を覚え、動きを身体に覚えさせた。

前回出された宿題で「毎日100回やりなさい!」
と言われた「みつばち」のパート、
♪ぶんぶんぶん ハチがとぶ
お池のまわりにのばらが咲いたよ…♪の、
♪お池のまわりにのばらが咲いたよ♪のパートを、
ゆっくりでも正確に音を出せるよう徹底させるべく努めた。

セレナーデでもゆっくり反復。

そして宿題にはなかったけれど、
「別れ」を弾けるようにしておこうと考え、
正確な動きに重点を置きつつ練習をしていた。


そして今日のレッスンの前も、「みつばち」、「セレナーデ」、
「別れ」を練習し、レッスンに臨んだ。

練習の甲斐あってか弾けるには弾けるけれど、
肝心な所で音がずれる。

師匠は「みつばち」を弾いている私を見た後、
♪お池のまわりにのばらが咲いたよ♪
のパートで弦を抑える指の動きを指摘。

「別れ」を弾いた後、改善へつなげる特訓方法を提案。

その提案して頂いた特訓方法をトライすると目からウロコ。
独学では絶対に気付くことのない上達方法だと理解する。

「さすが師匠!」と大手を振って喜びたいのだが、
その提案して頂いた特訓方法たるや、またまた筋トレよりも辛い。
レッスン始めたばかりの2月に味わった辛さとはまた違った辛さである。

しかしさらに幅広い動くができるようになるためには特訓しかない。

その特訓のほかに、感情こめて弾くため音の強弱を出すよう指示され、
コツの一つを教わり、さらにイ長調もレッスンに入ってきたんだ。

イ長調って???
そういうのも勉強せねば。

今後も「吐かせたろうシリーズ」では、
新たな課題の話と「がんばらねば!」
と言う話しか出てこないんだろうな…。

でも楽しいから良しとしよう。
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23:34  |  吐かせたろうをめざして  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.06.28 (Fri)

ポリチュカ

その昔、部族単位で生活をしていた頃は、敵が攻め辛く、守りやすい高台に居住地を造り、居住地の周囲を壁で囲い、堅固な砦で生活していた。
チェコ史だと9世紀から11世紀ぐらいか。

その部族の間で主従関係が成立し、戦も減ってくると、長距離移動する商人や旅人、公務の移動のために安全な中経地が必要となり、新たな町が作られ始めた。
チェコ史だと13世紀ごろに、こう言った目的で新たに町が作られ始めている。

それらの町は街道の宿場町のような役割だったので、移動し易い平地に作られた。

ドラクエで言うなれば、ヒットポイントが減り、強敵が現れるかどうかビクビクしながら歩き、やっと町に近づき、ザッザッザツっと町に入る。

そんな途中途中に出てくる町である。

町に入って一安心。
宿をとってヒットポイントを回復し、町をめぐって情報収集だ。


まずは広場を目指す。


市場で町民の声に耳を傾ける。

耳を傾けつつ市場を物色。
皮の楯と鎧はあったが、もうそんな低レベルではない。

武器屋を探すか。

探せど探せど武器屋は見当たらず。
しかし、道具屋はあったので薬草と毒消し草を買っておいた。
ホイミとキアリーをあまり乱用したくないからだ。

なんて平和な町なんだ。
町の外でモンスターたちが闊歩しているのが信じられない。

しかし、争いはいつ起こるか分からない。盗賊が襲ってくるかもしれない。

町を守るべく町民が協力しているのだろうが、それだけではない。
町をぐるりと壁が囲み、町を防御しているのだ。


見張り塔が立ち、壁の上で警備兵が夜通し警備する。


町へ出入りする門は夜になると閉まり、侵入者を町にいれないようにする。


ここポリチュカは未だに町の4分の3をそんな壁で囲まれている。


さあ、ヒットポイントも回復したし、
レベルを上げながら次の町に行くか!


と、なんかドラクエ気分にさせた町だった。

ポリチュカ
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08:40  |  チェコ町歩き  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.06.27 (Thu)

スヴィタヴィ

結論から言うと、あれだけだ。



広場と教会があるのはいずこも同じ。


でもここはある人物が生まれた町だ。

誰???


真ん中に立っている人。


彼の生まれた町スヴィタヴィは当時はドイツ語でズヴィッタウと呼んだ。

だから誰?


この工場のオーナー。

そしてこのリストを残した人。


このリストはこう呼ばれている。

シンドラーのリスト。


写真は町の博物館より。

町の博物館には同時に洗濯機と養蜂の展示もあった。




博物館や広場のある中心から800mほど歩くと公園がある。


その公園の一角に、もとは厩として使われていた建物がある。


今は中がカフェになっている。


カプチーノとイチゴケーキを頼む。


イチゴケーキに添えられているクリームに仰天。


ここのカフェはシンドラーのカフェテリアと言う名前だ。


公園を歩くと、道と平行した隅の方にモニュメントを発見する。

六芒星があるからユダヤと関係があるのがわかる。

モニュメントに近づいてみた。

オスカー シンドラーの名を読むことができる。
1908年4月28日スヴィタヴィで生まれた。
このモニュメントが公園の真ん中ではなく、隅にある理由は公園を出ればわかる。


モニュメントの真裏には家があり、記録では現在のポリチュカ通り24番地が彼の生家なのだ。
シンドラーのリストの起源だ。

オスカー シンドラーの生まれた町。
スヴィタヴィ。
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10:42  |  チェコ町歩き  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.06.26 (Wed)

Zámek Opočno オポチュノ城

チェコで最も美味しいズムルズリナを製造している町。
実際、町に行くとズムルズリナ屋はあまり見かけなかった。
工場は郊外にあり、工場付近をさあーっと見たところ、
その場で売っている雰囲気もなかった。
ちなみにズムルズリナはアイスクリームのこと。

しかし、この町はアイスクリームだけではない。
他に見所がある。
それがお城だ。


オポチュノ城。


もとは砦で代々所有者が代わり、
その時代にあった建物に建て替えられた。

15世紀末よりトゥルチュカ家が所有する。
1634年2月25日、このトゥルチュカ家のヤン・ルドルフは、
アルブレヒト ヴァルトシュテインがヘブで暗殺された時、
共に殺されてしまった。

あっ、このネタは私が憶えておくために書いただけ。


暗殺後、トゥルチュカ家の領地はハプスブルク家に没収された。

その地をコロラド家が購入。


18世紀終にコロラド家はマンスフェルド家と婚姻を結び、
コロラド-マンスフェルド家と名乗るようになった。

そのコロラド-マンスフェルド家が所有していた物、
家具、部屋を見学することができる。

今は国が管理している。
チェコ国内に残る国が管理している城のほとんどは、
見学できても撮影ができないのが常だが、
オポチュノ城は有料で撮影が可能。

だから目についた物を撮影してみた。
コロラド-マンスフェルド家の所有物をとくとご覧あれ。

まずアフリカの間。
1901年、1902年と2回に渡り、アフリカを旅した時のコレクション。

インパラ的なヤツら。
インパラよりちょっと大きめ。


原住民のマスク。


象の皮でできた帽子。


ライオン。


肉食と草食のコラボ。


階段の壁には鹿の角がずらり。


男性の寝室。


遊戯場。


女性の部屋が並ぶ一室にはタンスの中に洗面所があった。


天蓋付きベッド。


ヴェネチアンガラスのシャンデリア。


部屋をつなぐ長廊下。


絵画室。


大絵画室。


絵のひとつ。


この部屋はもとはダンスホールだったりもした。
今もコンサートを開くことがあるので、PETROFのピアノがあった。


図書室。


プラハがのった本。


武器のコレクション。


その中にあった銅製の太鼓。


雨が太鼓を叩いたらしい。
だからか、カエルが…。


猟銃のコレクション。


もう一丁。


騎士の間。


鎧のコレクション。


騎士の馬上槍試合用の兜。
実用性よりも見た目重視。


と、お城のガイドさんとグルリと回る。
オフィシャルの所要時間は75分だったが、終わってみたら90分。
長~い!


でも、私には面白い城だった。

オポチュノ城。
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23:35  |  チェコ町歩き  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.06.25 (Tue)

プラハを探す SOVA フクロウ

プラハカフェ巡り vol.9、vol.83のカフェがある建物。
プラティーズ宮殿。
もとは14世紀に建てられる。
その後、プラティーが買い取り、
ルネサンススタイルに建て替え、
彼の名前が建物に付く。
バロック期にまたバロック風に変わり、
19世紀に入り、現在の4翼の建物に変わった。
4翼とはつまり、上から見たらロの字型しているということだ。

中庭には馬55頭用の厩舎と馬車用の駐車場が完備された。

そして、建物の入り口にはポーターが待機してた。
そのポーターはペットとしてフクロウを飼っており、ポーターとフクロウは朝まで眠らずに門番をしていたと言う。


そのポーターが亡くなった後、オーナーが彼を偲び、彼のフクロウがいた場所にフクロウの人形を置いた。

その当時の話によると、駐車場が空いていればフクロウは直立しており、満車の場合は屈んでいたとか…。
人によっては空いている時は翼を広げ、満車の場合は翼を綴じているとか…。

そのフクロウは今も建物を見張っている。


探してみよう!
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18:30  |  プラハ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.06.24 (Mon)

プラハで食べる vol.39 コレノ

なぜだか急に無性に食べたくなった。

先日までのような30度越えの気候だったら、
まず食べたくなることはなかっただろう。

再び涼しく、と言うか肌寒くなり、
こんなボリューミーなものを欲したのやもしれぬ。

ここはチェコメシ屋。

ナーロドニー・アヴェニュのトラム停そばにある。
U Brejšku
http://www.ubrejsku.cz/

「善良な兵士シュベイク」の絵が飾られている廊下を抜け、


「ハシェクのレストランは下」ということで階段を下りる。


地下がレストラン。


ここはその昔、作家のヤロスラフ・ハシェクが、
下宿代と食事代のために働いていたそうだ。
すぐにジャーナリストが集うレストランになったようである。

今もジャーナリストが集まるかどうかは知らぬが、
チェコ人客が多く、ランチ時は合い席常套である。


あっ、レストランの紹介はほどほどにして、
その急に食べたくなったボリューミーな物たるや?
そう、ズバリにくっ!

Vepřové koleno
豚のヒザだ!
1000gもあるが、これで159コルナ。
900円ぐらいである。

食べやすくするために、まず解体作業。
肉が柔らかく、簡単にナイフも通り、
すぐ骨から肉をそぎ落とすことができる。


肉の味も美味しく、脂身が平気な人は絶対好きになると思う。

コラーゲンたっぷりでお肌ツルツル。
さらに肉たっぷりでお腹ブルブル。

これらをマスタードかホースラディシュに付けると食べやすい。


完食。


完食はしたが…
美味しかったが…
ひとりコレノはやっぱりキツイ。

もうしばらく見なくていいし、食べなくてもよい。

そして何より今はちょっと気持ち悪くなってきた…。
美味しかったのに~。
やはりほどほどが重要だ。

コレノ
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17:19  |  プラハで食べる  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.06.23 (Sun)

プラハカフェ巡り vol.83

カフェ プラティーズ



2002年にオープン。
すぐ俳優、文化人が来店するようになる。
2004年から2008年までの毎月第三日曜日はチェコラジオの収録があった。
"nedělní šálek kávy s Miloslavem Donutilem"
というタイトルで、チェコの有名な俳優ミロスラフ・ドヌティルが、
ゲストを迎えてトークする番組だった。

ドヌティルは本当に良い俳優だ。
話も面白いのである。
面白いとはいっても…。
彼の話を私は3分の2は分かってないけれど…。
チェコジョークは今でも理解できない。


店内には俳優らの写真が飾られている。


そのカフェでランチをとる。
ツナサラダ。
145コルナ。
決して安くない。


食後のエスプレッソ。
40コルナ。

妥当な値段で、妥当ににがい。

店は落ち着いていて、品も良い気がする。


カフェの名は建物の名でもあるプラティーズ宮殿からきている。

このプラティーズ宮殿では1840年から1846年にかけて、
フランツ リストが演奏会を開いたことで知られている。


いいカフェです。
cafe platýz
http://www.cafebarplatyz.cz/#/home

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19:00  |  カフェ巡り  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.06.21 (Fri)

吐かせたろうをめざして レッスン12

6月21日夏至。
1621年6月21日朝5:00から9:00までのたった4時間ほどで,
チェコプロテスタントの有力者27名が処刑された日。
場所はプラハ旧市街広場。
それを偲ぶために旧市街広場には27個の十字架が石畳にデザインされている。
IMAG0287.jpg
とプチインフォをぶち込んでからの吐かせたろう!

振り返ってみると久しぶりのレッスンだった。
レッスン11は観察でレッスン10は5月28日だったのだ。

「長いことブランクがあいたけど大丈夫かな?」という不安は皆無。
なぜなら指の調子が5月末よりも今の方が良かったからである。
右も左も指の動きが柔らかい。

調子ぶっこいて、半ドヤ顔で全弓を引く。
それから基本形で弓を引いていく。

しかし、師匠の目は節穴ではない。
弓を持つ右手の親指に指摘が入る。
ドヤ顔は即座に「あっ、ばれました…」顏になる。

そう、親指がどう矯正しても良い形で動いてくれないのである。
弓を数回上下させる程度なら、親指の動きは抜群なのだけれど、
弓の上下が続くと親指はツッパルツッパル。
ツッパリを通り越してエビ反りである。
エビ反りなってしまうと次の動きをスムーズに運べない。
先ほどのドヤ顔はどこへやら…。
バイオリン初級者あるあるネタであろう。

左手も付けて曲を奏でる。
まあ弾けている。
弾けているがリズムがない。
だからきれいなメロディに聴こえない。

音符の意味を知り、リズムの意味を知り、楽譜というものを理解しないといけない。
神童ではないのだから感性だけで弾いてもダメなのだ。

そこを意識しながら、指を意識しながら、
楽譜を見ながら…もう終いには動きはばらばら。
ドヤ顔はいずこへ?

師匠はおっしゃる。
「とにかく、ゆっくりと確実に弾いて覚える。
速くパッパッパッと10回練習するより、
ゆっくり確実に5回練習したほうが効果大だ。」

おっしゃる通りだ。

そんな中、「人前でも演奏できる曲を少しずつ練習していこう。」とお許しを得た。
先日受け取ることのできたこの楽譜の中からこれを選んだ。
なぜかは分からない。
fc2blog_2013052902245097e.jpg

「くれないの?ブタ!」から、
「マルコとジーナのテーマ」を練習することに決めちゃった。


しかし、選んだが最期…。
私がまだ知らないヘ長調だった。

弦を抑える左手の形が変わるのだ。
これが猪八戒並みにチョウ厄介なのだ。
これもまたバイオリン初級者あるあるだろう。

他に宿題も頂戴した。

みつばちの青ボールペンでくくられたカッコからカッコを…
出来たら毎日100回は練習するように。

やってやりましょう!
吐かせたろうをめざすんだから!
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21:25  |  吐かせたろうをめざして  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑
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