2013.07.30 (Tue)

Vyšehrad ヴィシェフラド 2

ぐるりと城壁を回り、再び聖マルティン教会のあたりから歩き直す。
聖ペテロ・聖パウロ教会のほうへ進んでいくと、
公園の芝生の上に三本の石柱が寄り添うように立っているのを見つけることができる。


「悪魔の石」ないしは「悪魔の柱」と呼ばれている。

この石にまつわる伝説がある。
そのひとつを紹介しよう。

めちゃくちゃ信心深い司祭さんがおり、
全ての時間を教区を良くするのために費やしていた。

ある悪魔がその司祭について聞き知り、決意した。
「敬虔で信心深い者であればあるほど、
司祭の悪への心もより高い関心があるはずだ。
心を乗っ取ってやろう。」

ある日、司祭が近所の居酒屋のそばを歩いていると、
居酒屋にいた教区民から声をかけられた。
「ちょっと座らないか?」

司祭は断らずに居酒屋に腰を下ろした。
その居酒屋には悪魔がいるとも知らずに。

そして、カードゲームをしようと誘われた。

そのカードに悪魔が魔法をかけており、
司祭は前戦全勝。負けることを知らない。

完膚なきまでにやられた男は、「明日は打ちのめしてやる。」と、
翌日も司祭が居酒屋に来るよう誘そい、
完全勝利の司祭は明日も来ることを約束したのだ。

翌日、また悪魔はカードに魔法をか掛けており、
今度は司祭が負け続ける。
その司祭は、「次は取り戻すから、明日再選だ。」
とカードにはまっていく。

その後、司祭は勝つことはなく負け続け、
司祭は居酒屋にいた悪魔に助けを求めた。

悪魔は言う。
「よし、分かった。お前を助けてやろう。
ただし今日から3年だけだ。3年過ぎたらお前は地獄に落ちるのだ。
それでもいいか。」

藁にもすがりたい司祭は深く考えずに快諾してしまう。

しかし、そこから司祭の快進撃が始まり、カードでは向かうところ敵なし。
司祭の対戦相手は全て、ため息しか出てこなかった。

カードに熱中しすぎた司祭はミサもおろそかになり、
教会内はほこりにまみれ、蜘蛛の巣が張り巡らし、
さらにはミサ服を私服にする始末。
ミサに参加する信者もだんだんと教会から足が遠のいていく。

1年がたち、2年がたち、期限が近付いていることを知った司祭は、
悪魔と約束をしたちょうど3年目の朝、ミサが終わっても教会に残り、
聖ペトロに危機に陥っている自分を救ってもらうべく懇願した。

司祭を憐れんだ聖ペトロは、悪魔を呼んでくるようにと司祭に言う。

現れた悪魔に対し、聖ペトロはお願いをした。
「ローマのサンピエトロ寺院に立つ花崗岩の柱を運んできてくれないか。
司祭がヴィシェフラドの朝のミサを終わらせる前までに柱を運んできたら、
司祭は約束通り地獄に落ちるが、もし遅れた場合は司祭は地獄から救うが、どうだ?」

悪魔は「お安い御用。」と、声高らかに笑いながら、
真夜中の空を稲妻のごとくローマへ飛んでいった。

ローマに着いた悪魔は、どこの柱でも一緒だと考え、
サンピエトロ寺院の柱ではなく、ローマに入った一番最初の教会、
サンタマリア、トゥラステヴェレ教会の柱を引き抜き、
肩に担ぎ、再び稲妻のごとく飛んで帰る。

(ちなみに、サンタマリア、トゥラステヴェレ教会の列柱には柱が一本ないそうだ。)

聖ペトロとの約束ではない違う教会の柱を持ち帰る悪魔。
しかし、聖ペトロの目も節穴ではない。
すべてお見通しだ。

悪魔がヴェネチア上空を飛んでいる時に、
聖ぺトロは訝しげな顔をしながら、悪魔が担いでいる柱を海に落としてしまう。
柱は海の底深くまで沈み、悪魔は柱を拾い上げるのに手間がかかってしまった。
何とか海中から水面に柱を運び上げた悪魔だが、聖ペトロは再び柱を海に投げ落としてしまう。
3度同じことを繰り返す。

悪魔は柱を肩に担ぎ飛び立とうとした時、太陽が顔を出し始めた。
そしてヴィシェフラドにたどり着いたちょうどまさにその時、
教会での朝のミサが終了した。

悪魔は自分の敗北を知り、怒りにまかせ肩に担いでいた柱を地面に投げつけた。
その時、勢い余って柱が三本に折れてしまったのだ。

司祭はどうなったかというと、改心し、カードには二度と触れず、
居酒屋のまわりを歩いても、居酒屋ではなく違う場所を見ながら歩くようになったそうだ。



あくまでも伝説。
私たちからしたらとても都合のよい話。
信ずる者は…です。

この柱はマイルストーンではないかとも言われている。
プラハのどこからかの距離を示す柱だったのかもしれない。

「悪魔の柱」
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2013.07.26 (Fri)

Vyšehrad ヴィシェフラド 1

高いお城

プラハにはプラハ城の他にもう一つお城がある。
そのもう一つのお城がヴィシェフラドだ。

伝説ではプラハ城よりも古いといわれ、ここでリブシェが生活しており、
現在プラハ城の建つ丘を彼女が指さし、こう言ったと語り継がれている。
「あそこに城を作ろう。」
そしてできたのがプラハ城。

で、リブシェって?
その答えはまた次にすることにして、
19世紀にチェコ人の民族意識が高まった際、
リブシェ伝説が好んで語られた。
でも、先にも述べたようにあくまでも伝説にすぎず、
リブシェにまつわる証拠はない。

ここヴィシェフラドの歴史に残る最初の記録は1003年で、
1067年にはヴラティスラフ2世が、
王宮をプラハ城からヴィシェフラドに移している。

ブラハ都市圏の南の端にあり、その地域を守る要塞で、
かつ、南方面からプラハに入る者は皆、ここを通らねばならなかったそうだ。

15世紀のフス戦争では大ダメージを受け、
17世紀の30年戦争後、バロックの要塞と化した。

今は市民の散歩コースである。


まず城郭を巡って行こう。

地下鉄ヴィシェフラド駅から進むと、まずターボル門にたどり着く。
プラハから南に約90km離れた街、ターボルに向かう門だからだ。
1655年から1656年に要塞のバロック化の際作られた門である。

門の中には3つの部屋がある。
矢狭間のある部屋、事務所、衛兵詰所である。

ターボル門をくぐり、道を進むと、
次にレオポルド門が出迎えてくれる。

ターボル門とレオポルド門の間にインフォメーションがあるのだが、
そこはゴシック期の城門があった所である。
シュピチュカ(先っちょ)と呼ばれている。
14世紀ごろはそこがヴィシェフラドのはずれだったのだ。


レオポルド門(新門)は1653年から1672年に建てられた。
レオポルドは当時の皇帝でもあったレオポルド1世の名だ。

さらに道なりに進むと円形の教会が現れる。
聖マルティンロトゥンダ。
プラハに残る教会では最古の教会で、1100年ごろに建てられている。


1420年、フス戦争でダメージを受け、
1523年、火事にあい、
30年戦争では火薬庫として使われ、
18世紀の初めに修復が施されたが、
1757年、プロイセン軍によるプラハ砲撃でダメージを受け、
1780年代はヨゼフ2世の命で教会は閉ざされ、
1850年まで倉庫として使われ、
1878年から1880年になってやっと修復されて、現在の形となった。

19世紀の修復の際、敷地も整備され、
アプセ(後陣)のひとつが取り壊されている。
写真で見ると窓の下にレンガ造りの半円形が見えるだろう。
後陣があったことを物語っている。


後陣とは核となっている円筒の建物に付けられた部分だ。


さて、城壁を巡って行こう。
聖マルティンロトゥンダから城壁へ進むといろいろパノラマが見えてくる。

まず、新市街を守る市壁の一部が見える。
1348年にカレル4世の命により新市街が設立され、
新市街を囲む全長約3.5km、幅5m、高さ6~10mの壁が作られたのだ。
その壁の一部がまだ残されている。


煉瓦門の上あたりからのプラハ城。


もともとヴァーツラフ広場にあったヴァーツラフ騎馬像。
1678年、ヤン・イジー・ベンドゥルの作品。


またまたプラハ城。


そしてヴィシェフラドから見える一番の絶景ポイント。


リブシェの沐浴所と呼ばれている場所。
おそらく川の見張り塔だったんだろうな~。


そのヴルタヴァ川。


城壁をぐるりと一周したら、
今度は敷地内を散策してみよう。

つづく
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2013.07.23 (Tue)

プラハカフェ巡り vol.90

オープンしてからまだ一週間もたっていない新しいカフェ。
カフェというよりまたまたカクテルバーだ。
F1 life PRAGUE


F1だからか…
店内はまだ新車のにおいがする…
気がする。


イスも、


テーブルも、


新車のニオイがする…

気がする。

ウェイトレスさんは黒のポロシャツを着ているが、レースクイーンのようにキレイでカワイイ…
気がする…。

くるみケーキを頼む。
おいしい…
気がした…。
85コルナ。


この日、高級ホテルのフィットネスでのトレーニングとサウナの後でカラダが火照っていたため、ノンアルコールモヒートを頼む。
モヒートはチェコ大人気のカクテルだ。

あまい…。
でも美味しい。
95コルナ。

オープンしたばかりで、メニューに書いてあってもまだ準備されていない物もあったが、カクテル カフェ バーだったら妥当な値段である…
気がする…。

ちなみにエスプレッソは47コルナ。

さあいつまでもつか?
頑張って続けていってほしい。



F1 LIFE PRAHA
www.f1life.cz
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00:37  |  カフェ巡り  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.07.21 (Sun)

吐かせたろうをめざして レッスン15

レッスン14から少し間があいてしまったが、
本日7月20日レッスン15。

レッスンがあいていた間、プラハにいなかった日以外のほぼ毎日、
朝起きてからと帰宅してから「別れ」と「カントリーロード」を練習していた。
練習と言えるような練習だったか?
でも、プラハにいる時はほぼ毎日バイオリンを触り、音を奏でていたのは確かだ。

前回の宿題で「別れ」を暗譜しないといけなかったから、
まず曲の流れを覚え、一応は暗譜で弾けるようになった。
でも、ただ弾いているだけだ。
しっとりした別れ、感慨深い別れ、表現するのは本当に難しい。

カントリーロードも頭で覚えているメロディと楽譜のメロディが異なるため困惑し、
楽譜を見て指で音符を追いながらハミングでメロディの確認をとる。

♪どんな挫けそうな時だって
決して涙は見せないで
心なしか歩調が速くなっていく
思いで消すため♪

のパートを何度目で追っても読み取れず悪戦苦闘する。

YOUTUBEという便利なサイトで曲を聴き、楽譜を目で追い、リズムは覚えた。
しかし、弓のアップダウンの順番が楽譜に記されているのとは逆になったり、
楽譜の通り弾こうとするとリズムが狂ったりとで、困難極まりないのである。

今回のレッスン15では、
まず基本の全弓の練習で弓を持つ右手の親指をチェックし修正。

イ長調の音階練習と三拍子の練習。
この三拍子がまたなんか厄介。
ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッで弾いているはずなのにバラバラ。
ズンチャッチャ、ズンチャッチャと尻切れになっているようだ。
練習練習だ。

そして「別れ」をお披露目。
一回目、
「そんなんじゃ別れられへん。行くなら早よ行けって感じです。」

二回目、
「ゆっくり引くのは大事だけど、
ただゆっくり引いているだけではしっとり感は伝わりません。」

三回目、
「その曲の一番高い音のパートが聴かせ所だから、
そのパートに向かってフォルテで!」

フォルテで弾くと弓がブレブレ。
弓をコントロールする技術がまだ未熟だからぶれるのだ。

そこで、弓を強く引いてもぶれないようにするための訓練方法を教授して頂く。
なるほど…

そして新しい曲に入った。
「雨だれ」チェコ民謡なんだとさ。


今度はしっとりとした「別れ」と異なり、
テンポよく歯切れよく、雨水のしずくがはじけるように弾く。
弓も大きい動きと細かい動きとを使い分けねばならない。

ここでも弓の動かし方のポイントを教授して頂く。
目からウロコ…

教授して頂いたポイントを今後日常的に練習していかねばならない。

そういえば、師匠は新しいバイオリンケースを買ってご満悦。
そしてそれを引っ提げて修行に出ていってしまう。
だから、次のレッスンまでしばらく間が空いてしまうけど、
私は私でそのポイントを押さえながら地道に練習しておかねば!

師匠がさらにレベルアップして帰ってくるころには、
私も少なからずともレベルアップしていないといけないぞ!

レッスン15
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11:05  |  吐かせたろうをめざして  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)  |  編集  |  Top↑

2013.07.19 (Fri)

プラハカフェ巡り vol.89

思っていたより安かったな。
昔と値段が変わっていないだけなのかな。

でも昔はタイ料理と日本食のあるレストランだったけど、
今はかなり違うようだぞ。

ミストラルカフェ・レストラン。


店内は写真ではイメージできないかもしれないが明るく、
スペースも余裕があって良い。


まず冷たいものを欲していたので、自家製ジンジャーレモネード。
最近この手の自家製レモネードが増えた気がする。

しょうがとレモンとハチミツの組み合わせが抜群だ。
ジンジャーレモネードだから当然しょうがが前面に出て辛味を覚えるが、
私には気に入った味である。
44コルナ。

そしてパラチンキ。
本当はチョコレートがかかっているのだが、それをキャンセルして、
大好きなバニラズムルズリナに変えてもらった。
とは言ってもここはプラハ。
只のサービスなんて見込めない。
チョコレートをキャンセルしたけれど、
ズムルズリナ代はちゃんと取られます。

パラチンキが79コルナ。
追加ズムルズリナが25コルナ。

最後にエスプレッソ。
苦そうな色でしょ…。

一息で飲み干す。
顔を歪める。
にがい!
38コルナ。
この値段は安い。

ミストラルカフェ・レストラン

www.mistralcafe.cz
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09:45  |  カフェ巡り  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.07.17 (Wed)

プラハカフェ巡り vol.88

Cremeria Milano
クレメリア ミラノ

直訳すると乳製品製造所ミラノとなるのだろう。


フソヴァー通り12番地にその店はある。


季節によってちょっとアイスに変化をもたらしているようで、
その変化を売りにしているアイスクリーム屋さんだ。
否、ズムルズリナ屋さんである。

四季でズムルズリナのメニューが多少変化するということだろう。

スクープ単位でカップやコーンに乗せたズムルズリナを歩きながら食べるのも良いが、
もし時間が許せばのんびり店内でズムルズリナを食べるのも乙だ。


それほど広くはないけれど、ズムルズリナを食べるだけだし、
それを踏まえれば十分な広さである。


それではカウンターでズムルズリナを選びましょう。
選びましょうとは言っても、もうすでに何にするか決まっていた。


ヴァニラを3スクープ!!!
といきたかったが、花も色もないから、
ヴァニラとコーヒーとウォールナッツの3色。

それでも色はないか…。

私は大のヴァニラ好きなのである。
そのヴァニラが少し溶けかかっているぞぉぉぉ!

これで85コルナ。
450円ぐらいか。
高いのか…妥当なのか…?
でもおいしいのは確かだ。


そしてエスプレッソラージサイズを頼む。
まあ普通ににがいコーヒーだ。
40コルナ。


旧市街を歩いていてズムルズリナが食べたくなったら、
ぜひここまで足を延ばしてみてはいかがかな。

混んでいなければ、私は好きなズムルズリナ屋さんです。
なぜ混んでいなければかと言うと、
混んでいると店員が鬼の形相になる場合があるから…。

クレメリア・ミラノ
http://www.cremeriamilano.cz/
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20:00  |  カフェ巡り  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.07.16 (Tue)

世界で一番…

きっかけができた。
だから来ようと思った。
きっかけがなかったら、
ここにはまだ来ていないだろうな~。
うん、間違いなく来てない。

きっかけについてはSK AMATERASを検索してください。
詳しい情報が満載のはずです。

そのきっかけがあったから、
前から興味のあった所を目指したのだ。

「興味があったのなら、きっかけがなくても行けばいいのに!」
と声が上がりそうだが、
「それのためだけにわざわざ行くのは…。」
と思っていたのだ。

その場所と言うのは、「ウルムの大聖堂」である。

この大聖堂の塔は世界中に建つ教会の中で一番高い塔なのだ。
教会の中で世界一の塔。


一番高い所は161.53m。
その下の143mの地点まで階段で登ることができる。
その段数、768段。
しかも有料、4ユーロ。


螺旋階段をひたすら登る。


途中休憩できる場所もあるが、
休憩してたら余計しんどくなるので、
休憩をせず一気に登った。


登っていると、大人の女性の泣き声が聞こえてきた。
しかもしゃっくりを上げながら泣いている。
???
その女性の彼氏なのだろう。
男性が何か囁いている。
立ち止まるわけにはいかないので、その二人を追い越すも、
追い越す際、こんな言葉を耳にした。

男「もう降りよ。大丈夫だから。」
女「エッグエッグ、ヒューヒュー」
女性は悔しかったのだろう。
女性が発する声は言葉になっていない。

と、ゼイゼイハアハア言いながらも耳ダンボで登っている私。


どんどん登って行くが、さすがに頂上近くまで来ると、
だんだんと足元がおぼつかなくなってくる。
落ちないと分かっていても、
塔の隙間から見える地上の景色が恐怖を掻き立てる。


カメラとして使っているiphoneを落とさないように、
慎重に、びくびくしながらシャッターを押す私。

さらに、そばにいたスペイン語を話す女子が、ストラップなしのカメラを平気で柵の外に出してシャッターを押している姿を見て、
ハラハラ、ドキドキ、背筋がゾ~っとする私。

加齢からくる高所恐怖症なのだろうか…。
華麗に高所を駈け登っていた時代が懐かしい…。

143mの高さから見たドナウ川である。


143mから降りる途中。


143mの所へはこんな骨組の芯となる柱のらせん階段を登っていたのだ。


今度は下り。

「下りのほうが実はきついのよね~。」
と、プラハの坂を下るオバチャマの声を思い出してしまった。

だいぶ下ってきた。


塔を降り、今度は教会内へ入る。

1337年起工。
1890年完成。
奥行き123m、幅48m。


プラハの聖ヴィート大聖堂の工期とほぼ同じだ。
プラハほうが起工も完成も若干遅く1344年起工の1929年完成だけど。
そして気持ちだけではあるが、プラハのほうが奥行きも、幅も大きい。

と、どうしてもプラハと比較してしまう私。

あっでも、天井まで41.6mだからプラハより高い。


出口にはこんな取っ手があった。
この男は取っ手の握り棒である。


外を出て見上げる。
やっぱり塔が高い分、圧巻だな~。


それでは町の散策もしてみよう。


塔は高いから町のどこからでも見える。
だから迷った場合は塔を探せば目印になるのだ。


ほら、ここからも。


ほら、こんな所からも。


ほら、ここにも…。
って、全くおんなじ事をこの町を訪れた人は旅行記に書いているのだろう。


傾く家。


これも必ず紹介するだろうな~。


花の家があった。


綺麗にゼラニウムが窓辺に飾られている。


あとは肉屋の塔とかあったな。

ちょっと町の外れまで歩いて行くと、こんな泉が。
「アインシュタインの泉」。


ここウルムはアインシュタインが生まれた町なのだ。
でも生家は第二次世界大戦で焼失してしまったようだ。
現在のウルム中央駅のそばに記念碑があり、
その場所に生家があったことを伝えている。


でも私はその記念碑を見ていない。

なぜなら今回ウルムに立ち寄ったメインイベントはこれだったから。


世界一の教会の塔に登るのが目的だったから…。
世界で一番大きい、高い、小さい、北のはずれ、西のはずれ…。
世界で一番のホニャララ…惹かれますね~。


♪ナンバーワンにはなった方がいい
そしたらもともとオンリーワン♪


ウルムにて。
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22:22  |  ドイツ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2013.07.15 (Mon)

ホーエンツォレルン城

きっかけができた。
だから来ようと思った。
きっかけがなかったら、
ここにはまだ来ていないだろうな~。
うん、間違いなく来てない。

きっかけについてはSK AMATERASを検索してください。
詳しい情報が満載のはずです。

そのきっかけがあったから、
前から興味のあった所を目指したのだ。

「興味があったのなら、きっかけがなくても行けばいいのに!」
と声が上がりそうだが、
「それのためだけにわざわざ行くのは…。」
と思っていたのだ。

その場所と言うのは、「ホーエンツォレルン城」である。

シュツットガルトから南へ約50kmほど行った所にある、
標高855mある山頂にその城は威風堂々と建っている。


しかしお城には行かず、まずこのお城の絶景が見えるポイントに向かった。
ツォーラーシュタイクホーフという所である。
駐車場に車を置き、約2kmほどハイキングコースを歩く。
そうせねば絶景は見れないのだ。


時には木陰の道を。


時には開けた道をひたすら歩いていく。


あと200mと言う矢印を見つけ進んで行くが、
一向にたどり着く気配がない。
おかしい??

しかも、資料では山頂から絶景が見れるとあったのに、
明らかに山を下って進んでいるのだ。
頭上を見上げると山頂が見える。
間違えた…。


結局、山頂まで急勾配を登る羽目になってしまった。

しかし振り返ると絶景が広がっている。
ホーエンツォレルン城。


1819年、プロシア皇太子のフレデリック・ウィリアム4世が、
自身の旅の途中にこの山に登った。
山頂には先祖が建てた城がすでにあったのだ。
あったのだが城はかなり荒廃しており、
それを見たフレデリック・ウィリアム4世は城の再建を誓った。


プロシア王に即位したフレデリック・ウィリアム4世は、1850年に再建築を開始した。
ドイツロマン主義。
中世の城について研究に研究を重ね、ネオゴシックスタイルのお城を建てた。


17年後の1867年、城は完成した。
しかし、フレデリック・ウィリアム4世城の完成形を見ることはなかった。
1961年に亡くなったのである。


1978年、嘘かと思うが、地震で倒壊。
1990年代半ばまで修理がされなかったようだ。


では、今度はそのお城に行こう。
駐車場からシャトルバスも出ているが、
25分ほどかけて山道を登っていくことにした。


すると城門に到着。


さらに開閉式の橋を渡り城内へ進み、


アーケードをくぐって行くと、


中庭に入る。


城内は見学ができる。
入場料10ユーロ。
撮影禁止のため写真はない。


先程の絶景ポイントが城から見えた。
写真中央部に濃い緑の中に三角形の黄緑があるんだけど…、
その三角形の頂点部分にいたんだ…。
分かりにくいですな~。

ただ中庭にいて思ったのは、
こういうお城は遠くから眺めた方が良いということ。


山頂に建つホーエンツォレルン城は季節、天気、時間で、
いろんな顔を見せるようです。


ホーエンツォレルン城・画像で検索すると素晴らしい写真が見れますよ~。
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23:00  |  ドイツ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑
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