2014.02.20 (Thu)

プラハを探す プラハのセメリング

今回は郊外に出かけてみよう。
メトロB線ANDELに併設するバスストップna knizeciから120番に乗る。
15分ぐらい走っただけでプラハなのにプラハらしくない町並みに入る。
そしてMichnovkaで降りよう。
この停留所はボタンを押さないと停車しない。


この停留所のそばにアーチの石橋が。
全長115m、高さは23~25mある。


見上げる感じだから少し離れてみた。


立派な石橋である。
が、もちろんローマ時代の橋ではない。

この橋は1870年から1872年に造られた。
プラハからの鉄道を整備する時に谷をまたぐ橋を造ったのである。
しかもふたつも!

ふたつ目の橋はバス通りを大きな岩めがけて歩いていこう。
先ほどの橋から500mほどしか離れていないから歩いても大したことない。


すると似たような石橋が見つかるはずだ。
全長90m、高さ20m。


良いアングルで橋を見たかったのでチェコ道を歩いてみた。
チェコ道とは・・・
「もとは存在しない道だけど多くのチェコ人が歩いたおかげで出来上がった道のこと。」
と私が勝手に解釈している。

まあ、ナイスビューだ。


振り返るとさっきの大岩。


なかなか綺麗に写真に収める場所が無い。


でもna knizeciからトラムに乗ってごらんなさい。
地質学駅に着く手前で綺麗に見えるポイントがあるから。
車窓のみだけど…。


今から約140年前の石橋。
この区間はプラハのセメリングと呼ばれている。
セメリングとはオーストリアはウィーンの郊外を走るセメリング鉄道のこと。
あちらはユネスコの世界遺産だ。

プラハのセメリングは世界遺産ではないが、今も列車は走っている。
タイミングが合えば橋を渡る列車を見ることができる。
北三陸鉄道みたいな可愛らしい列車をね・・・。
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10:56  |  プラハを探す  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2014.02.16 (Sun)

吐かせたろうをめざして レッスン26

1年が過ぎた。
良いことである。
たまにサボサボになってしまい間が空くこともあったが、飽きずに続けられているということは好きになっていることの証である。
師匠の教え方が良いのであろう。
と、ゴマをすっておく。

そして2月15日、今年に入って2回目のレッスン。
前回からひと月ほど空いたし、先月末はイタリア旅行なんかしていて、ほとんど楽器に触っていなかったからレッスンを受けるのが怖かった。
だから急場しのぎではあるけれども、少しでも恐怖を取り除くべく、そして感触を取り戻すべく、水曜日ぐらいから楽器とコミュニケーションをとった。
師匠が言っていたことを思い出しながらである。

さら弦を抑える左手の指を柔軟にするため、きゃりーぱみゅぱみゅのインベーダーに合わせて指を動かす。
楽器を持つ形で指だけ動かしてみると、これが辛い。
ためになっているのかどうかは知らぬがこれは自己流だ。

さらにさらに、先日、レオシュ チェピツキーというチェコ人バイオリニストの演奏を観る機会があり、なんか閃く物を感じ取っていた。

それを踏まえてレッスンを受けると、自分でも思っていた以上の出来ぶり。
音階練習の後は弓の細かな動きのコツを習い、その弓の細かな動きをラルゴで活用し、狩人の合唱を弾き、夏祭りを試し弾きしたら時間がきた。

そして師匠は言う。
「次回からは教本2に入ります。今日のレッスンは今までの中で一番良かったです。」

くうぅぅぅ、飽きさせないための上手い殺し文句ぅぅぅ!



よしっ、教本1はまだ基本で使うが、次なるステップへ進んだのだ!
吐かせたろうに着実に近づいているぜぃ。
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17:05  |  吐かせたろうをめざして  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2014.02.12 (Wed)

プラハで食べる 60 ピザ&パスタ食べ放題

一応、チェコネタ。

でも蓋をあけたらまたまたイタリアン。


ここはプラハが誇る飲食店グループのアンビエンテが経営するピザ&パスタ食べ放題の店で、共和国広場にあるデパートKOTVAの隣にある建物の二階にある。

「いやいや、食べ放題ってもピザ、パスタだとそんなに食えんぞ!」
と考えていたので存在は知っていたが、足は伸びず、逆に敬遠していたのだが、本日、ついに有志が集まりランチで食べ放題に行ってきた。

もちろん単品でも注文できるのだが、せっかく食べ放題に来ているのだから、挑戦しない手はない。

アンチパスタ食べ放題
ピザ&パスタ食べ放題
両方の食べ放題
これらから選択できる。
私を含め、有志はピザ&パスタ食べ放題をチョイスした。

すると直径30cmほどの皿が配られ、ウェイター、ウェイトレスが次から次とテーブルに訪れ、それぞれが持っている物を勧めてくる。
それらを欲した場合、彼らがその物を皿に取り分けてくれるのだ。


バスタはフォーク2クルクルを一口としたら二、三口。


ピザ、ラザニアもあり勧められるまま食べると、あっ!という間に満腹になってしまう。

私はニョッキだけはお断りし、入店してから約60分でパスタとリゾットを7種類ぐらい、ピザ6種類ぐらい食べたと思う。
思う…と言うのは、満腹すぎてはっきりと覚えていないのだ。

料金はドリンクのミネラルウォーターとチップを合わせて400コルナ。
17:00以降は値段設定が高くなるが、美味しいし、いろんな種類を試すことができるのでお得感はあると思う。

でもいくら美味しいとはいってもチーム中年はコンディションを整えて行かないと大変だ。
今、食べ終わってから3時間経ったが、まだ苦しい。
う~っしんど…。
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07:50  |  プラハで食べる  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2014.02.07 (Fri)

伊太利亜へ行こう 食べる

やっぱり本場は美味い。
どこで食べても平均以上の味だ。

日本でおそばやとんかつ、牛丼を食べたら、
大体どこも平均以上に美味しいのと同じ事なのであろう。

ピツッァ デッラ カサも。


シーフードリゾットも。


ビールの国から来たらワインとは思えなかったけれど、
キンキンに冷えた赤ワインも。


本当に美味しい。
トラットリアは20時過ぎから賑わいを増す。
私は食べる物食べる物にその都度舌鼓を打っていたが、
地元の人は当たり前のことなのだろう…、
さっと食べて喋って、飲んで笑って、食べて帰る。


カルパッチョにしたって。


付いてきたトーストだって。


たらのフライだってみんな美味しい。


プーリア地方の名物耳たぶ型のパスタ、
オレッキエッティは私が選んだ味付けを誤ったのか…
ちょっといまいちだったけれど。


それでもバリでは2夜連続同じ店に来たんだ。


日本でも東京で定食屋を選ぶのがむずかしいのと同じで、
ローマでは味付けが雑な店もあったけれど…
まあ大体は美味しいのである。

シーフードスパゲティ。


アンチパスタ野菜の盛り合わせ。


ヴォンゴレ。


生ハム。


イカのフライ。


シーフードリゾット。


ハムとモッツァレラ。


家族経営の定食屋が多く、日本のとんかつ屋とそば屋などを思い出してしまう。


パスタやアンチパスタしか食べていなかったから、
メインも頼んでみた。


デザートはベタだけれどティラミス。


そしてエスプレッソ!
はやっぱり、にがい。


まだまだいろんなイタ飯があるのだろうな~。
やっぱりまた行かなくっちゃ。
楽しいイタリア4泊5日の勉強旅行でした。

さて、これからはまたチェコネタモードにしなくっちゃ!
グラーシュ、チキンカツ、ローストポーク、
レタスの代わりに白菜を使ったミックスサラダ、
揚げマッシュルーム、揚げカリフラワー、豚の膝、
ゆでゆでのパスタ…う~そそらん。
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13:29  |  外国旅行  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2014.02.07 (Fri)

伊太利亜へ行こう 13

〈ローマ〉

歳をとり、興味も変わり、20年ぶりに来て、
思ったことはまた来たいということ。


とにかくイタリアは楽しい。


サイトシングは見応え十分。


ショッピングは買い応え十分。


イーティングもドリンキングも満喫できる国だ。


海もあり。


島もあり。


温泉もあり。


山もある。


観光地としての要素が十分すぎるほど揃っている。


日本も揃っているんだけどな~。
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12:57  |  外国旅行  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2014.02.07 (Fri)

伊太利亜へ行こう 12

〈ローマ:ボッカ・デッラ・ヴェリタ〉

20年前、俺はここで手を食べられた。
なぜならウソつきだったからだ。
しかし俺は爬虫類なのか…
20年で食べられた手は元のように再生している。
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20年後の今、俺はまた食べられてしまうのか?
こんなマンフォールの蓋だったかもしれないジジイ面の奴に。
恐怖はしていないはずだったが、はやり奴に怯えていたのか?
写真がぶれている。
fc2blog_2014020216425061b.jpg

20年ぶりの再会。
再生した手を奴の口に入れた。
その瞬間!


ペロ~ン、ペロ~ンと舐められた。
ものすごい数の人の手を噛み千切っていたので、
20年経った奴は歯がなくなっていたのだ。

インプラントするにも寄付金が集まらないようである。
訪問者は皆、奴の口に手を入れ、写真を撮るだけだ。
そこに募金箱があるのに…。


そして撮影に夢中になり満足した訪問者は、
サンタ・マリア・イン・コスメディン教会はさっとスルーしてしまう。


6世紀、もともと市場があったこの場所に建てられたバジリカである。


ウソつきの俺の手を食べることができず、
嘗めまわした奴は別れ際俺にこう言った。
「もういい加減チェコネタにしろ!」
とね…。

真実の口
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12:39  |  外国旅行  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2014.02.07 (Fri)

伊太利亜へ行こう 11

〈ローマ:ロマンチック街道)

すべての道はローマに続く。

ローマ人はインフラ整備が大の得意だったそうだ。
陣営地、防壁、橋、高速道路etc
ローマ人の手にかかればお茶の子さいさいであった。
特に高速道路の整備には力を入れていた。
行軍、物資輸送、そして情報を迅速にすべく!
という点に重きを置いていたのだ。
戦時、敵地に進軍する際も、ローマ軍のスムーズな行軍のため、
さらには後方部隊からの物資輸送を円滑にするため、
森を切り開き、崖は削り落とし、川には橋をかけ、
極力平坦かつ直線の高速道路を建設している。
仮に敗戦したら敵軍が高速道路を利用して、
帝国の首都ローマまで進軍してくる恐れがあるにも拘らず。

さらに敵地での高度な技術を伴ったインフラ整備は、
敵地の住民にローマの力を示すことにもなり、
戦わずして降伏する部族もあったそうである。

高速道路はローマ街道と呼ばれ、
主にその街道を手掛けた人物の名が付いた。
アッピウスが手掛けたらアッピア街道、
フラミニウスだったらフラミニア街道、
アウレリウスだったらアウレリア街道、

でもこんな名もある。
サラリア街道。
塩を運ぶのでサラリア街道なのだ。
話はそれるが、塩は昔給金として支払われていた時代があった。
お給料は英語でサラリー。
ねっ…分かるでしょ…語源が。

中でもアッピア街道は街道の女王と呼ばれ、
ローマから南東に進み、アドリア海沿いのブリンディシが終点となる。
終点ブリンディシは以前紹介した。
私は街道の女王アッピア街道の始点を見たかったので、
今回のローマ訪問では必ず行くと決めていたのだ。

カラカラ浴場から少し南東へ歩くと分岐点がある。
左へ進むとラティーナ街道、右に進むとサン・セヴァスティアーノ門へ続く。
サン・セヴァスティアーノ門がアッピア街道の始点なのである。


カラカラ浴場からは600mぐらいか。
サン・セヴァスティアーノ門のすぐそばにそれよりも古い門が構えていた。


そしてこの門がサン・セヴァスティアーノ門だ。


門外に出てローマを見る。
今は街道を走る車が絶えない。


街道の始点まで来れば満足だったのだけれど、
ついつい歩き始めてしまった。
門からまず600m。
ドミネ・クォ・ヴァディス教会。


ここにはキリストの足跡があるのだ。
マジか…。


さらに歩いてしまった。


門から2400m。
チェチーリア・メッテラの墓。
チョチョリーナではない。


ここはカラカラ浴場の入場券に含まれている見学ポイントである。
ネロ時代の銅貨。


西暦64年、ローマで大火事が発生した。
当時の皇帝ネロは「火事を起こしたのはキリスト教徒だ。」として、
多くのキリスト教徒が迫害された。
その迫害から逃れようとしたペテロがローマから逃げ街道を歩いていると、
なんとローマへ向かうキリストとであった。
ペテロがキリストにどこに向かうのか尋ねると、キリストはこう答えた。
「十字架に架けられにローマへ。」
ペテロは自らの行動を恥じ、ローマへ戻り殉教したそうな。
その伝説の場所に先述の教会が建てられ、だからあそこに足跡があるんだとか。

アッピア街道はまだまだ続くが、ここで引き返した。


往復約5km。
良い運動だった。
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12:15  |  外国旅行  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2014.02.06 (Thu)

伊太利亜へ行こう 10

〈ローマ:超スーパー銭湯〉

ローマ人は日本人と似ているのか…、
風呂好きであった。


身体を清潔に保つことが健康へ繋がると考えていたのかもしれない。


ただ、熱めの湯に「あぁぁぁっ」と唸りながら浸かるのではなく、冷、温、熱と3種の浴場を順に入っていたようだ。


他にもマッサージ、トレーニングなどいろんな設備があり、市民が集い談笑していた。


ここは212年から216年にかけて、カラカラ帝によって作られた浴場施設。
ここにはなんと図書館まであった。


とにかくデカい。
世界最大のテルマエ。
超スーパー銭湯カラカラ浴場だ。


ってな内容はすでにいろいろな人によって紹介されているんだよな。

あぁ、温泉に行きたい。
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15:02  |  外国旅行  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑
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