2009.10.05 (Mon)

ビール紀行1 ピルスナー・ウルクウェル

プラハから高速道路D5線で西へ約90キロ走ると、
プルゼニュ(ドイツ語名ピルゼン)に辿り着く。
ここはかつての行政区分だと西ボヘミア地方に属し、
西ボヘミアでは一番大きな街である。チェコでは4番目。
西ボヘミア最大と言っても人口は17万人程度ではあるが…
 
このピルゼンを世界的に有名にしたのが、そう、ビールである。
その名も『Pilsner Urquell』、チェコ語名『Plzensky Prazdroj』。
元祖ピルスナーである。

ピルゼンは1295年、ボヘミア王ヴァーツラフ二世により設立された。
街設立当時からビールが造られ始め、19世紀初めまでは、
現在の旧市街地でビール造りが行われており、
実に300種ほどのビールが存在していたとの事だ。
市内には約300軒の家が建ち、各家が、
各家のレシピでビールを勝手に造っていたからである。
よって、ビールの味はバラバラ、質も低く、
市民は街のビールの質向上を図るべく、1839年、
バイエルン地方のビールマイスターを呼び寄せ、
バイエルンビールの醸造法と全く同じ方法で、ビールを造るよう依頼をした。

ビール醸造工程の初期段階に当たる、麦芽と水を混ぜ、煮込み、
ろ過して麦汁を造る仕込みで出来上がった麦汁が、
バイエルンビールの麦汁よりも淡色だったため、麦汁をより濃い色にしようと、
同工程を3回繰り返した。
しかし出来上がった麦汁は淡色であったため、誰もが失敗作かと思ったそうである。
その淡色麦汁に、ホップを入れ、ろ過し、酵母を入れ発酵させ、
貯蔵して出来上がったビールは、今までに無い色合いと味わいのビールだった。
時は1842年。ピルスナー・ウルクウェルの誕生である。

麦汁の色が淡色になった理由は、バイエルン地方の水が硬水であるのに対し、
ピルゼンの水が超軟水であったからという、ただ単に水質の違いだけで、
その水質の違いがあったからこそ、その後、世界中で、
ピルスナータイプの淡色ビールが造られるようになった。
「ピルゼンで造られているビールの様なビール」という事が、
ピルゼンタイプ、ピルスナータイプと呼ばれる所以である。
ちなみにキリンラガーも、ピルスナー・ウルクウェルの影響を受け造られており、
以前キリンラガーの工場があった群馬県高崎市は、
ピルゼンと姉妹都市の関係を結んでいる。

ピルスナー・ウルクウェルはチェコでも最も人気のあるビール。
人気があるだけに、値段も他のチェコビールに比べると少し高め。
高めと言っても、プラハの中心地で平均価格が500mlのジョッキで50~70コルナ
(日本円で約400円)程度か。
アルコール度数は約4.4%で日本のビールに比べるとやや低い。
チェコの気候、料理には非常に合うが、日本で飲むと少し苦く、
重い感じがするかもしれない。
しかし、チェコに来るなら是非一度は飲んで頂きたいビールである。

より詳しく知りたい方、画像、ロゴをご覧になりたい方は、
下記ウェブページをご覧ください。

 http://www.pilsner-urquell.cz
 http://pilsnerurquell.com/in
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09:19  |  プラハでピヴォ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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