2012.02.18 (Sat)

プラハを登る 5

久しぶりに登るシリーズ。

でものぼったのは先月だ。
どこにのぼったのか?
それは・・・小地区に建つ聖ミクラーシュ教会の鐘楼だ。

IMG_2135.jpg
1700年代前半にディーツェンホーファー一家がバロックスタイルで建てた教会。

今回のぼった鐘楼はクリシュトフ・ディーツェンホーファーの娘婿、
アンセルモ・ルラゴが1751年から1756年にかけて造った塔だ。

IMG_2134.jpg
高さは74mほど。

入場料75コルナ。
個人的な先入観からではあるが、私の中では前評判が低い。
だからあまり期待はしていなかったけれど。

IMG_2133.jpg
いやいや、きれいに見えますな~。

この鐘楼は共産党時代は監視塔として使われていたそうだ。
だから階段の壁には当時の写真とか、資料が展示されている。

IMG_2122.jpg
国民警察団メンバーの階級一覧。

彼らは塔の最上階にあるこの部屋から監視していたのだ。
IMG_2119.jpg
テレビ、電話、そして盗聴器か?
壁には当時の写真が貼られている。
当時とはいつか?

IMG_2121.jpg
1977年だった。

卓上カレンダーを見てみると、
IMG_2120.jpg
1977年12月17日は土曜日だったことがわかる。
私は1977年生まれではないが、12月17日が誕生日だ。

ここからどこを監視していたのだろうか?

IMG_2117.jpg
カルメリトゥスカー通り周辺か?

IMG_2118.jpg
プラハ城の城下一体か?

IMG_2129.jpg
それとも真下の小地区広場か?

IMG_2124.jpg
さすがに街全体は監視できない。

でもここは重要ポイントだったであろう。
IMG_2131.jpg
アメリカ大使館とドイツ大使館のある地域。

丘中腹に建つ白い瀟洒な建物がある所はアメリカ大使館の敷地内なのだ。
瀟洒な建物には星条旗が風になびいており、共産党時代、
プラハ市民はその旗を見て自由を切望していたと聞いている。

共産党時代であれば当然、監視しなくてはいけない場所だったであろう。

IMG_2136.jpg

その当時と比べれば平和?となったこの時代。
監視することもなく、されることもなく、自由に市民が街を歩いている。

その市民をさりげなくこの塔から観察してみては?
この周辺には市民よりも外国人旅行者のほうが多いかもしれないけどね・・・

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 |  2012.02.19(日) 05:04 |   |  【コメント編集】

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