2012.07.19 (Thu)

チェコ町歩き チェスケー・ブデェヨヴィツェ

南ボヘミア地方で最大の町、チェスケーブデェヨヴィツェ。
1265年、時のボヘミア王プシェミスル・オタカル2世によって設立された町。

中心には町の設立者の名が付いたプシェミスル・オタカル2世広場が広がる。
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133m x 133mのほぼ正方形の形だ。
 
1面には市庁舎が立つ。
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広場で一番美しいバロック建築。

遠くにはシュマヴァ山脈が。
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違う方角にはブドヴァル(チェコのバドワイザー)の工場。
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アメリカのバドワイザーの商標はこの町のブドヴァルからきている。

中心は赤煉瓦屋根の建物が立つ。
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と、ここまでは黒塔から見えた景色。
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1550年から1577年にかけて建てられる。
高さ72.25mを誇り、当時としては目も眩むほどの高さだったのだ。

広場のほぼ中央にはサムソンの噴水が。
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1721年から1726年に造られ、ヴルタヴァ川の水を町に供給していた。

噴水からホテルズヴォンの方向へ進むと石畳の石が一つだけ違っている。
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広い広場に敷き詰められている石の中からたった一つの石を探すのかなり大変だ。

伝説では1470年に10人の若者が町の行政長官に対し抵抗をした所だとか・・・
後々知らぬ間にではあるが、夜10時以降にこの石を踏むと、家路を逸してしまうとか・・・
ブドヴァルの町だけに飲みすぎて踏むことのないように気をつけねばならない。

市庁舎の正面壁には「ウィーン・エル」なるものさしが付いている。
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1765年から、市場で正確な長さが測れるように取り付けられた。
店によってものさしの長さが一定していなかったのだろう。

広場から外れると、Masné krámy お肉屋という名のレストランがある。
町でも大人気のレストランだ。
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元は広場の中央に建っていたがカレル4世がそれを気に入らず、1364年に移転命令を出した。
現在の建物は1554年にルネサンススタイルに建て直された姿である。

昔の兵器庫。
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1531年に建てられている。

以下3つの写真は兵器庫の壁に付いている石のマスク。
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おそらく建築家と助手の思い出であろうと言われている。

そして、町で一番細い家。
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元は城壁だった所だ。

塩の門。
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町の中から。
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町の外から。
16世紀から塩の取引が始まる。
塩の貯蔵庫からこの門を通って塩を運び、船積みしていたのだ。

ちなみに1825年から1832年にかけて軌道馬車のため木造のレイルを敷設した。
英国を除く欧州初の軌道である。

チェスケー・ブデェヨヴィツェからオーストリアんリンツまでの約129kmの距離を、
人員輸送は14時間で、貨物輸送は3日で移動できるようになった。

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České budéjovice
チェスケー・ブデェヨヴィツェ

まだまだ見所はある。
今回はミニ案内にすぎない。


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