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2012.08.04 (Sat)

スラブ叙事詩 1

スラブ民族の起源

IMG_3543.jpg
1912年、610cm x 810cm テンペラ絵具と油絵具

スラブの起源と言ってもかなり広範囲で、バルト海と黒海の間、
ヴィスワ川とドニエプル川までの地域で生活していた人々とされています。

ヴィスワ川は現ポーランドの中央を蛇行して流れ、水源がヴィスワで、
クラコフ、ワルシャワを抜け、グダンスクからバルト海に流れます。

ドニエプル川はロシアを源に、ベラルーシ、ウクライナのキエフと南下し、
途中から西へ流れ、黒海に注ぎます。

その地域に集落が点在しており、部族以上の組織のないスラブ人は、
狩猟や農業で生計を立て、質素で穏やかに生活していたのですが、
しばしば起こる西からのゴート人、東からの遊牧民族の襲来に悩まされていました。

ムハはその襲来の一場面を描いています。
写真 12-10-28 16 33 25

絵左には攻撃され燃えている村が描かれ、
そこから兵隊だけでなく村人も侵略者に追い立てられています。
その中で、前景の茂みの陰にひっそりと、侵略者が立ち去るのを待ち続けている二人の若者が隠れています。
恐れに満ちた表情をしていますが、復讐を固く誓っていることもうかがえます。
ちなみにこの男女はスラブのアダムとイブに例えられています。
例え侵略されても、この耐え忍ぶ男女から再びスラブが始まると言う事です。
白い服は純心や潔白を表し、鎌と麦わらの束は、彼らが農家で平和の存在を憧れを評伝しています。。
写真 12-10-28 16 33 38

右手にはスラブの聖職者が神に慈悲を求めており、
平和の象徴でもある白い衣を着た少女と、
戦いの象徴でもある赤い衣の少年が聖職者の腕を支え、
スラブ民族は剣を手にすることでのみ独立でき、
平和においてのみ幸福に暮らすことができる。
ということが表現されているのです。
写真 12-10-28 16 33 56

星空にムハの繊細な感覚を見知ることができます。

つづく
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