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2012.08.07 (Tue)

スラブ叙事詩4

ブルガリア皇帝シメオン1世

IMG_3546.jpg
1923年 405cm x 480cm テンペラ絵具と油絵具

シメオン1世とは、9世紀終りから10世紀初めのブルガリア皇帝で、
ブルガリア最盛期を築いた男です。

前回の続きになりますが、大モラヴィアでスヴァトゥプルクが王に就き、
メトディウスが亡くなると、東フランク帝国の聖職者がスヴァトゥプルクに取り入り、
メトディウスの門弟のナウム、クレメント、アンゲラルは奴隷商人に売り飛ばされてしまいます。

ナウムはビサンチンの役人に救出され、クレメントとアンゲラルはブルガリアに亡命しました。
シメオンの前、ボリス皇帝は彼らを受け入れ、スラブ語で布教し、聖職者を養成し、
教会文献をスラブ語に翻訳することに従事させたのです。

ナウムは首都プレスラフ(ブルガリア東部)で、
クレメントは現マケドニアのオフリドで活躍しました。
その地域も当時はブルガリア領内であったのだ。

皇帝シメオンも教養ある人物で、大モラビアから追放されてきた者を擁護したのです。
よってオフリドには多数大モラヴィアからの司祭が定住し、
ブルガリアはスラブ語の教育、文学の中心になりました。

ナウムとアンゲラルはグラゴール文字を発展させキリル文字を創りました。

これを踏まえまして・・・
写真 12-10-28 16 35 06

玉座に座るシメオン皇帝のまわりで、有識者が文献を読み上げ、
スラブ語に訳し、書き記しています。

上部両はじにブルガリアで活躍していた司祭、学者の肖像を描いたイコンが描かれ、
その中にナウム、クレメント、アンゲラルの肖像も見ることができます。

ムハが実際に取材旅行をした際、感銘を受けた東方のモチーフで、
ビサンチンとスラブの両装飾を使い、豪華なシメオンの宮殿を描きました。

つづく
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