2012.08.08 (Wed)

スラブ叙事詩 5

ボヘミア王オタカル2世

IMG_3547.jpg
1924年 405cm x 480cm テンペラ絵具と油絵具

歴代のボヘミア王の中で14世紀のカレル王に匹敵するほどの逸材です。
在位は1253年から1278年で、鉄と黄金(銀と呼ぶ者もいる)の王と異名が付いています。
鉄は軍事力で黄金は経済力を意味しているのです。
彼が皇帝に選出されていればチェコの歴史は違っていたのに、
余りにも強力すぎ、ドイツ系の民族でなかったから…残念すぎます。
たらレバですね・・・。

オタカル2世は結婚、戦で領地を拡大していき、
最盛期には北はバルト海から南はアドリア海までボヘミア領としました。
オーストリアのバーベンベルグ家の最後の公フリードリヒ2世の姉マルケータと結婚した時は、
年の差なんと30歳以上離れていました。
マルケータが年上です。
バーベンベルグ家男系断絶に乗じての結婚なので、
当然、オーストリア支配をねらっての結婚でした。

オーストリア支配に猛反対したのがハンガリー王ベーラ4世でしたが、
結局、1260年7月12日にクレッセンブルーンの戦いでオタカル2世が勝利し、
オーストリアを支配することになりました。
クレッセンブルーンは現在のエンゲルハットシュテッテンで、
スロヴァキアの首都ブラティスラヴァから西約15km離れた所の村です。

その後、ハンガリーとの協和を結ぶべく、1261年10月25日、
オタカル2世はベーラ4世の孫娘のクヌフタとブラティスラヴァ近くで結婚式を挙げました。

さらに関係を深めるべく、1264年10月5日、
オタカル2世の姪ブランデンブルグのクヌフタと、
ベーラ4世の息子ベーラとを結婚させています。

絵はその結婚式の様子です。
ドナウ川のほとりで執り行われました。
写真 12-10-28 16 37 13

中央に立つ金色の衣類をまとったオタカル2世の背後に花嫁が立ち、
花婿ベーラはオタカル2世の左手をとっています。
写真 12-10-28 16 37 25

周りには各国から来た君主らが祝福していいます。
セルビア王シュテファン・ウロシュ、クロアチア、ボスニア、トランシルバニアの統治者です。
史実はボヘミアとハンガリーの絆が固くなっただけなのですが、
ムハはスラブ諸国の各統治者を集結させて「スラブ王朝の統合」を描きました。

スラブ叙事詩の多くの歴史的場面には「スラブの団結」が表現されているのです。

つづく
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20:18  |  アルフォンス・ムハ スラブ叙事詩  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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