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2012.08.11 (Sat)

スラブ叙事詩 7

クロムニェジージュのヤン・ミリーチュ

IMG_3549.jpg
1916年 テンペラ絵具と油絵具 620cm x405cm

ムハはスラブ叙事詩の中に「言葉の魔術」というテーマで、
不朽のトリプティフを組み入れました。
トリプティフとは、3枚絵画の祭壇画のことです。

14世紀と15世紀の3人の宗教改革者の有名な活動内容を祭壇になるように描きました。

祭壇中央にヤン・フス(9で紹介)、祭壇左手にヤン・ミリーチュ、
祭壇右手にヴァーツラフ・コランダ(10で紹介)。

祭壇左手に当たるヤン・ミリーチュは14初頭モラヴィアのクロムニェジージュで生まれました。
クロムニェジージュはユネスコの世界遺産にも登録されています。

非常に有能で、時の王カレル4世の下、副大臣に任命され、
聖ヴィート教会の参事会員にも選出されと、名誉、経済的にも恵まれていました。
しかし、オーストリア生まれのコンラート・ヴァルトハウザーの教えを聴き、
触発され、一切の富を投げ捨て神に仕えることを誓ったのです。

後に紹介するヤン・フスの先駆者になります。
現在の社会の仕組みは神の掟に反しており、その元凶はカレル王で「反キリストである。」と主張しました。
民族的宗教改革運動を始め、宗教裁判により投獄されましたが、教皇ウルバン5世のよって赦免され、
プラハで活動を続けました。
1394年には彼の支持者によってベツレヘム礼拝堂が建てられています。

絵はヤン・ミリーチュが娼婦に説教している様子です。
1372年、プラハ旧市街の現Konviktská通りに「ベネチア」という名の娼婦宿がありました。
そこには200人とも300人とも言われているが娼婦が働いており、
その娼婦たちに生活を悔い改めるよう説教しているのです。

足場近くに立ち、長いグレーのあご髭をまとった男がヤン・ミリーチュだそうです。

教えに感銘を受けた娼婦は生活を悔い改めようと派手な衣装、装飾品を投げ捨てて、
純白の衣装に身を包んでいます。
純白が純粋の寓意となっているのです。
写真 12-10-28 16 39 48

彼らは、娼婦宿を「エルサレム」という名で新たに建て直し、
聖マリーマグダレナ礼拝堂と同様の悩みを持つ女性の避難所としました。

中央下にいる口を覆った女性が目につきます。
彼女については諸説あります。
写真 12-10-28 16 39 34
噂をふりまいた罰。
思慮分別のある無口の象徴。
一体どちらなのでしょうか?

スラブ叙事詩では唯一女性がメインとなっている絵です。
ヤン・ミリーチュの教会を改革する試みは後のフス派の運動と密接に結びついているのです。

つづく
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01:39  |  アルフォンス・ムハ スラブ叙事詩  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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