2012.08.12 (Sun)

スラブ叙事詩 9

ベツレヘム礼拝堂でのヤン・フスの説教

IMG_3551.jpg
1916年 テンペラ絵具と油絵具 610cm x 810cm

「言葉の魔術」のセンターを飾ります。
ヤン・フスは14世紀終わりから15世紀初めに活躍していた宗教家で、
カレル大学の総長を務め、イギリスの伝道者ジョン・ウィクリフの影響を受け、
宗教改革者として有名なルターよりも100年も早くキリスト教の見直しを訴えた男です。

14世紀当時、頻繁に行われていた免罪符販売の利益で懐を温める聖職者がはびこっていました。
そのような現状を改善すべく、真実のキリスト教を見つめ直す目的で説教をおこなったのです。

フスは貧民層、農民にも理解できるようにチェコ語で説教を始めました。
それらの階層の者や、出世が見込まれない低位聖職者から支持が集まり、
説教が行われる日には多くの者が駆け付け、フスの教えに耳を傾けました。
そこからフスに従う彼らのことをフス派と呼ぶようになったのです。

その説教が行われていた場所がベツレヘム礼拝堂でした。
しかし彼の教えを多くの高位聖職者は支持せず、むしろ異端者扱いされてしまいます。
最終的にフスは1412年にプラハを追われてしまいました。

絵にはベツレヘム礼拝堂での最後の説教の様子が描かれています。

ムハは作品には常にオリジナルの外装、内装を描くことを心掛けていましたが、
この作品を描いた時はすでにフス時代の建物は破損していたため、
天井や8角形の柱はフス時代のゴシック期をイメージして描かれています。

フスが説教壇に立ち、身を乗り出して説教をしています。
写真 12-10-28 16 39 58

門弟は耳を傾けメモをとっており、画面左手には隻眼の男、ヤン・ジシカがいます。
赤い天蓋のある玉座にいる女性は当時のボヘミア王妃ゾフィーです。
当時のボヘミア王はカレル4世の息子ヴァーツラフ4世でした。

ゾフィーの隣にいる赤い衣装をまとった女性はムハ夫人に似ていると言われています。
写真 12-10-28 16 40 07

彼女はその隣に立つケープを着ている人物を見つめています。
おそらくその人物はカトリックのスパイで、フスの教えを密告していたのでしょう。
写真 12-10-28 16 40 12

最終的にヤン・フスの活動は認められず、活動の正当性を主張するため、
現在は南ドイツのコンスタンツの公会議に召喚されました。
ヴァーツラフ4世の異母弟で神聖ローマ帝国皇帝のジクムンドは、
フスの身の安全を保障しましたが、コンスタンツ到着後すぐ捕えられ、
弁解の余地も与えられぬまま有罪判決を受け、1415年7月6日に焚刑に付されてしまいます。

14世紀のボヘミア内戦、フス戦争が始まる切っ掛けとなった事件です。


絵の右下には燃えている本と鐘が並んで描かれています。
フスの教えが焚刑につながり、そこから戦争が始まる事の警鐘を表しています。

つづく
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14:02  |  アルフォンス・ムハ スラブ叙事詩  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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