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2012.08.13 (Mon)

スラブ叙事詩 10

クジージュキの集会

IMG_3552.jpg
1916年 テンペラ絵具と油絵具 620cm x 405cm

「言葉の魔術」のテーマで三枚祭壇画を描いたムハは、
この作品を祭壇画の右側に当てました。

1415年7月6日にフス焚刑後、ボヘミアでは不穏な状態が続きます。
フスの教えを忠実に守るフス信奉者がカトリック教会の司祭を追放したり、
「教会は貧しくあるべきだ。」というフスの教えから、教会の財産を没収し始めたのです。

またフス活躍期の1410年には宗教改革的思想が浸透したため、
「私的な場所」での説教が禁止されていましたが、
フス没後、人々は自由な場所で集会を開くようになりました。

さらに、当時は俗人には認められていなかった二種から聖体拝領を受けるようになります。
パンとワインから聖体拝領を受けるということです。

当時のカトリックの教義では俗人はパンからのみ聖体拝領を受けることができ、
ワインからも聖体拝領を受けるのは高位聖職者のみに限られていました。

聖体とはキリストの身体のことです。
最後の晩餐の時、キリストはパンを取り、「これが私の身体。」と言い、
ワインを取り、「これは私の血である。」と言って弟子に与えました。

そこで、フス派はこう考えたのです。
「真実のキリスト教であれば、全ての者が両方から聖体拝領を受けられるはずだ。」

よってフス派は、パンとワインを使った形式、ウトラキスムの主張をし始めました。
そして彼らのことをウトラキストと呼ぶようになります。

「両方からの」を意味しているラテン語のウトラクェが語源です。

この背景を踏まえまして・・・
IMG_3552.jpg
1419年9月30日、ベネショフ近郊のクジージュキで行われた集会の様子です。
プラハから南、約20kmの所です。

即席の説教壇に立つヴァーツラフ・コランダが支持者に話をしています。
彼はフス派の急進派長老です。
写真 12-10-28 16 40 28

信仰の純粋さや神の国の到来、ボヘミアでの現状について話しているのでしょう。
話の仕舞いにはその場にいるすべての者に、11月にはプラハ巡礼の杖だけでなく、
武器を持ってくるよう呼び掛けました。

フス派急進派の間では、1420年2月にキリストの再臨が噂されており、
その時に世界が滅び、全ての不正と悪が滅びると期待されていたのです。
「それが神の国の到来である。」と信じていました。
結局は実現せず、彼らにとっての悪と対峙すべく城砦都市を造りました。
聖書にちなみその城砦都市をターボルと呼びました。

絵にある黒い空は王国の複雑な状況を、
稲妻はチェコに対する聖戦の始まりを、
白旗と枯木はその戦争で失うすべての命を、
緑の木と赤旗は新しい生命を、
それぞれに象徴しています。

つづく
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