2012.08.16 (Thu)

スラブ叙事詩 14

ニコラ・ズリンスキによるシゲトの防衛

IMG_3556.jpg
1914年 テンペラ絵具と油絵具 610cm x 810cm

スラブ叙事詩の中で最もドラマチックな絵だと言われています。
クロアチア総督のニコラ・シュビッチ・ズリンスキが自らの命をも絶ったシゲトの防衛戦です。
シゲトは現ハンガリーでブダペストより南、セルビアとの国境付近にある町です。

16世紀の半ば、バルカン半島は欧州に目を向けたオスマン帝国による攻撃が続いていました。
キリスト教国の欧州を征服すべく軍を率いていたのはスレイマン大帝で、
屈指の軍団イェニチェリが猛威を奮っていたのです。

1526年のモハーチの戦いで勝利したオスマン帝国軍は、
3年後の1529年、ウィーンを包囲しました。
その戦いでハプスブルグの下、ニコラ・ズリンスキが頭角を現しました。
その後もキリスト教国を死守すべくオスマン帝国軍と戦い、
連戦連勝でキリスト教国の地を死守したのです。

1566年、シゲトで防衛戦が起こりました。
9万人ものオスマン帝国軍がシゲトを攻撃し、
たった2500人ほどのクロアチア軍が防衛するという悲惨な戦いとなったのです。
その防衛戦でシゲトを守っていたクロアチア軍は全滅しましたが、
同時にスレイマン大帝も戦死し、オスマン軍は撤退したのです。

その最後の決戦が描かれています。
写真 12-10-28 16 43 18

写真 12-10-28 16 43 28

町は陥落し、すでに要塞しか残っていません。
絵の中央では指導者が熱弁を振るい、皆は決戦の準備をしています。
後方に立つズリンスキに住民は誓いを立てています。
女性、子供も戦う準備をし、火薬庫でもある塔に登っていきます。
最上段にはズリンスキの2番目の妻、エヴァ・ロジュンベルクが油壺を投げつけようとしています。
ムハはこの戦いにチェコも関わっていたという要素を示すべく、
実際は戦場にはいなかったエヴァ・ロジュンベルクを描いたのです。
ロジュンベルク家はチェコ貴族です。

ひときわ目に付く黒煙の柱は、火薬を爆破することによって全滅することの予兆、
犠牲者の献身に対する高潔さのシンボルとして描かれました。

つづく
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14:10  |  アルフォンス・ムハ スラブ叙事詩  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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