2012.08.17 (Fri)

スラブ叙事詩 15

イヴァンチツェの同朋学校

IMG_3557.jpg
1914年 テンペラ絵具と油絵具 610cm x 810cm

bratři 同志、同朋、兄弟

フス戦争を機にチェコ(ボヘミア)兄弟団なる宗教組織が1457年に設立されました。
その流れがモラヴィアへ移行し、モラヴィア兄弟団が設立されます。
ペテル・ヘルチツキー(12で紹介)の唱える教えを受け継ぎ、
聖書を中心とした質素な生活を送り、世俗社会を拒絶したため、
カトリック教会や国王から迫害を受けましたが信徒数は増え、
チェコ(ボヘミア)、モラヴィアに200もの教会を持つ組織に拡大しました。

イヴァンチツェの兄弟団学校には、「チェコ語文法」著者のヤン・ブラホスラフ、
ヤン・アモス・コメンスキー(16で紹介)も所属していたことで有名です。
しかも、イヴァンチツェはムハの生まれ故郷であるから、
この作品にはとりわけ力が入っているのです。
特に好みのモチーフは鳥が取り巻いている兄弟団教会の塔です。
イヴァンチツェが描かれる作品のほとんどにその塔が描かれています。
写真 12-10-28 16 41 57

そしてこの兄弟団学校で教師をしていた先述のヤン・ブラホスラフは、
ギリシャ語の聖書をチェコ語に翻訳し始めました。
最終的に弟子が完成させたその聖書は「クラリツェの聖書」として知られています。
1578年に兄弟団印刷所の機密の安全性からクラリツェに移転されたからその名が付きました。
写真 12-10-28 16 41 43

絵はイヴァンチツェ市壁前の学校での一場面が描かれています。
ムハはこの絵の季節感に秋を選びました。
秋を選択した理由は、この時期、兄弟団の働きが実を結び、
聖書などが数多く印刷され、急速に成長したまさに実り多き時期だったからです。
秋は学校の庭に差し込む日差しと絵の左で男が運んでいるリンゴで表現されています。

しかしながら塔の周りを飛ぶ渡り鳥が、冬の到来を象徴しています。
実り多きこの教会も、いずれ信者が信仰を放棄し、母国を追われる時が来る事を表しているのです。
それは約40年後に起こるビーラーホラの戦いに敗れた結果、
プロテスタント信仰の禁止、国外追放、強制改宗を意味しています。

絵では学者は歩き回り、弟子たちは熱心に作業に取り組んでいます。
左下に盲目の老人がおり、そのわきに青年が座っています。
この青年はムハの肖像とも言われているのです。
写真 12-10-28 16 42 04
資料によって解釈が異なりますが、「老人のために聖書を朗読している。」
もしくは、「聖書に精通している老人が青年に解説している。」
後者の方が相応しいような気がしますがいかがでしょうか…

ムハは、聖書印刷を哲学的論争として解釈したので、
この絵「イヴァンチツェの同朋学校」は、ラファエロの「アテナイの学堂」にかる~く置き換えているようです。

つづく
関連記事
スポンサーサイト
メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
16:41  |  アルフォンス・ムハ スラブ叙事詩  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

*Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

*Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://gambrinus.blog45.fc2.com/tb.php/269-0857f9ca

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP |