2012.08.20 (Mon)

スラブ叙事詩 19

ロシアでの農奴廃止

IMG_3561.jpg
1914年 テンペラ絵具と油絵具 610cm x 810cm

1861年、ロシア皇帝アレキサンダー2世は農奴解放法令を発行しました。
19世紀半ば、ロシアは他のヨーロッパ国と比較すると劣り、
特にクリミア戦争での敗戦と国内での反乱がきっかけとなり、
アレキサンダー2世はいくつかの変革に取り掛かって国を変えようとしたのです。
その変革の中に農奴制廃止がありました。
その結果、多くの国民に自由がもたらされ、ロシアは新しい産業と共に発展していく・・・
はずでした。

ムハはアレキサンダー2世の様々な変革後、自由を得た住民が幸福に生活していると考え、
ロシアの農奴解放を歴史的イベントとして、スラブ人最大の国の祝典として描くつもりでいました。
そこで1913年、ムハはこのテーマを描く準備のため実際にロシアを訪れています。
しかし、期待とは裏腹に、その時に見た後進性と無知さの光景に相当のショックを受け、
当初のムハの計画は一変されました。
皇帝の法令発布時に受けた住民のためらい、理解できない様相を描くことにしたのです。

写真 12-10-28 16 44 45
寒い冬の雪が敷き詰めるクレムリン前の広場に、
聖ワーシリー教会が曇天の中そびえ立っています。
広場にいる人々の表情や様子、法令を宣言した肥えた役人、
法令の意義、内容を理解できていないやせ細っている農民、市民と識別ができます。

ただ、濃霧の中、教会の後ろにはうっすらと日が差し込み、
明るい自由が訪れる事を表現しています。
写真 12-10-28 16 45 00

写真 12-10-28 16 45 07

ムハはロシア訪問の際、ドキュメント写真やスケッチなど記録を残しているので、
絵にある人々の表情はその記録をもとにして描いています。


つづく
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00:13  |  アルフォンス・ムハ スラブ叙事詩  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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