2013.03.10 (Sun)

プラハを探す 石の鐘

石の鐘の家

プラハ旧市街広場。
ゴシック、ルネサンス、バロック、ロココ、古典主義と、
さまざまな建築様式の建物が広場をぐるりと取り囲んでいる。

その中のゴシック建築、石の鐘の家。
ゴシックはヨーロッパ建築を見慣れない人でも一番簡単に識別できるスタイルだ。
代表的な特徴の一つはアーチの上が尖がっている尖塔アーチ。

13世紀の半ばには家が建てられ、その後、宮殿として手直しされた。
カレル4世の父、ヤン・ルクセンブルグのためだとか・・・。
だからか、1333年にはカレル4世がプラハに戻ってきた時に、
一時期ここに滞在していたとも言われている。

時代によって改築、修復が何度も施されているが、
現在は15世紀末のヤゲロ朝時代の後期ゴシックを主としている。

石の鐘の名の由来?

そばに近寄ったら建物の角を見上げてみよう。
答えがわかるから。

あっ、窓のテッペン、壁龕(へきがん)のテッペンが尖がっているでしょう。
壁龕(へきがん)とは上の写真だと窓の両脇にある凹んだ所。
尖がったアーチ、尖塔アーチ。
ゴシックの特徴です。
関連記事
スポンサーサイト
メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
09:52  |  プラハを探す  |  トラックバック(0)  |  コメント(7)  |  編集  |  Top↑

*Comment

■鈴木さん?もしくは、MR.とか?

細矢さん、こんばんは。

建築のことではなくて、トンチンカンな質問でごめんなさい。

登場人物の中で、いやに『ヤン』さんが多いのは気のせいでしょうか?

鈴木さん、佐藤さん、韓国ならキムさんとか、そういったことでしょうか?

もしくは、英語でいうなれば、MR.とかいった意味合いでしょうか?
yokokubo |  2013.03.10(日) 14:31 |  URL |  【コメント編集】

■Re: 鈴木さん?もしくは、MR.とか?

yokoさん

JAN(ヤン)は英語名ジョンのことです。
ヨハンとかジャンとかそのチェコ語がヤンなのです。
ドゥ ユー アンダースタンド?

細矢 |  2013.03.10(日) 17:25 |  URL |  【コメント編集】

こんにちは。
現在、通信制の大学で学び直しているのですが、西洋建築史という選択科目があり、せっかくプラハに行ったのだからと選択してみてます。気になるものをいくつか様式ごとにみて写真も撮ったのですが、建築家に関しての文献がまったく見つからず、途方に暮れていたところです。(レポートの中で、建築家とお話ししなければならないのです)
プラハで有名な建築家(19世紀以前)の事、何かご存知でしたら教えて頂きたいです。
あと、どざえもん、食べました♪
どざえもん、好きです。付け合わせのレタスとかなく、
そのものにちょこっとオニオンが乗っかってただけ&なかなかの大きさで笑ってしまいましたが、とっても美味しかったです。
fuu |  2013.03.10(日) 23:18 |  URL |  【コメント編集】

■【回答御礼】鈴木さん?もしくは、MR.とか?

細矢さん、回答ありがとうございます。


太郎:健康ですくすく育ちそう。
というように、

ヤン:誠実。
とか、私には計り知れない、微妙なニュアンスがあるのかもしれませんね。

初代ヤンさんがどんな方だったか探る必要がありそうですね。

宗教にも深く関係していそうです。

世の中、知らないことが多すぎると、旅をして思う今日このごろです。
Yokokubo |  2013.03.11(月) 15:55 |  URL |  【コメント編集】

■Re: 【回答御礼】鈴木さん?もしくは、MR.とか?

欧州はキリスト教の聖者の名前を使います。
ヤンはジャン、ジョン、フアン、ヨハン、ジョバンニと各国語で呼ばれていますが、
元はキリストに洗礼を施した洗礼者ヨハネの名をとっているのでしょう。
細矢 |  2013.03.15(金) 08:47 |  URL |  【コメント編集】

■Re: タイトルなし

お~
西洋建築はメジャーでも、チェコの建物を題材にするのはコアですね。

とりあえず名前だけ上げます。

14世紀:カレル4世の時代はおもに教会、王宮、カレル橋の工事が多い。
・マティアーシュ・ズ・アラス…聖ヴィート大聖堂初代監督。
・ピーター・パーラー…聖ヴィート大聖堂2代目監督。
この工房がプラハのゴシック建築をほぼ手掛けている。

15世紀:フス戦争のため15世紀末になって新たな建築ブーム。
・マティアーシュ・レイセク…火薬塔、クトナーホラのバルボラ教会。
・ベネディクト・リート…旧王宮のホール、クトナーホラのバルボラ教会。

16世紀:チェコのルネサンス期ではあるが、1541年にマラーストラナで大火事があり、
マラーストラナの4分の3の建物が焼失。
プラハ城の改築工事が多い。
ベルデベーレ宮殿が建つ。
・ウルリコ・デ・サラ・アオスタリ

17世紀:30年戦争で被害をうける。
チェコではカトリックが勝利したので、カトリック貴族が土地を所有し宮殿を建てる。
教会もカトリックの栄光を誇示するために華やかなバロックに。
17~18世紀は建築家も多く登場。
・カルロ・ルラーゴ…クレメンティヌムのサルバトーレ教会。
・ジャン・バプティスマ・マテイ…トロヤ城、トスカーナ宮殿、アッシジのフランチェスコ教会。
・オルシ・デ・オルシーニ・ジョバンニ・ドミニコ…ストラホフ修道院神学の間
・ヤン・ブラゼイ・アイフル・サンティーニ…シュテルンベルク宮殿
クトナーホラの聖母マリア被昇天教会、骨教会。
ゼレナーホラのヤン・ネポムツキー教会。

・ディーツェンホーファー一家
父クリシュトフは17世紀終わりからプラハに移住。
息子のキリアン・イグナーツと義理の息子アンセルモと共同作業。
・クリシュトフ…マラーストラナのミクラーシュ教会。
・キリアン・イグナーツ…マラーストラナ、旧市街の両ミクラーシュ教会、ロレッタ教会…。
・アンセルモ・ルラゴ…トマーシュ教会を完成。ストラホフ修道院の聖母マリア被昇天教会。

18世紀他の建築家
・ニコラス・パカッシ…プラハ城大改築の設計。
ウィーンのシェーンブルン、ホーフブルグやブラティスラバ城も手がけている。

19世紀以降は街の近代化が計られ、河岸通り、集合住宅、博物館、劇場、歴史的建造物の修復が多い。
・ヨゼフ・ジーテック…国民劇場、カルロヴィ・ヴァリのムリーンスカーコロナーダ。
・ヨゼフ・シュルツ…国民劇場、ルドルフィヌム、国立博物館。
・ヨゼフ・モッケル…聖ヴィート大聖堂の西側に建つ2本の塔、カルルシュテインの修復、コノピシュテェ城の修復、火薬塔の修復、ヴィシェフラッドのペテルとパウロ教会、ナーメェスティ・ミールのルドミラ教会。

と、一気に長々と並べていきました。
19世紀以前だと上記彼らがチェコではメジャーな建築家になります。
もちろんまだまだいますが…。
その後20世紀初頭には市民会館やプラハ本駅、さらには集合住宅が街の郊外に建つようになっています。

彼らと会話をするのはちょっと困難ですかね。



細矢 |  2013.03.15(金) 09:31 |  URL |  【コメント編集】

細矢さん
こんなに詳しくご丁寧に、本当にありがとうございました。
書いてくださった名前をたよりに、文献など探してみたいと思います。
頑張って会話出来ると良いです。
本当に本当にありがとうございました。
やっぱりプラハ大好きです。
fuu |  2013.03.15(金) 13:13 |  URL |  【コメント編集】

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

*Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://gambrinus.blog45.fc2.com/tb.php/393-cb611552

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP |