2011.07.22 (Fri)

ロワール シュノンソー城

シュノンソー城 「6人の女の城」 とも呼ばれているこのお城は、
16世紀から19世紀まで代々城主が女性だった。

その前にこのロワールのお城めぐりでよく出てくる名前をご紹介しよう。
「カタカナ名は覚え辛い。」とか、
「ヨーロッパの王様は1世2世と同じ名が付けられているから覚えられない。」
と愚痴をこぼす方もあるだろうが、逆に徳川将軍で家の字が付く人、
足利将軍で義の付く人、伊達家で宗の付く人は何人いるか後存知ですか?

徳川15将軍で家の字が付く将軍は11人、
家康、家光、家綱、家宣、家継、家重、家治、家斉、家慶、家定、家茂。

足利16将軍に至っては初代尊氏以外全員に義の字が付いている。
義詮、義満、義持、義量、義教、義勝、義政、義尚、
義材、義澄、義稙、義晴、義輝、義栄、義昭。

伊達家は現34代で、当主に宗の字が付く人は25人もいるのです。
あの独眼竜政宗は17代目になるけれど、もう25人の名前は書いていられない。
知りたい人はインターネットで検索を・・・

外国人にしてみれば、
「家〇、義〇、〇宗が何人もいて覚え辛いよ。」
と悲鳴を上げるだろうし、日本人だって、
名前を正確に読めない人もいるのではないだろうか。

それではロワールの城めぐりでよく出てくる名前を列挙していきましょう。

シャルル7世(1403-1461)・・・ジャンヌダルクでお馴染みの王様。
チェコとも関連がありシャルル7世と謁見しているボヘミア使節団の絵が、
プラハ城とチェスキー・シュテルンベルク城に飾られている。
シャルル7世のの娘、マドレーヌ・ド・フランスと、
ボヘミア王ラディスラフの結婚の許可を得るため、
シュテルンベルク家のズデニェックを代表とする使節団がシャルル7世の許へ出掛けた。
婚約は成立したが、結婚前1457年にラディスラフ王は17歳の若さで亡くなっている。
死因は白血病。

ルイ11世(1423-1483)
シャルル8世(1470-1498)
ルイ12世(1462-1515)
フランソワ1世(1494-1547)
・・・レオナルド・ダ・ヴィンチの友人。
アンリ2世(1519-1599)と后カトリーヌ・ド・メディシス、
アンリ2世の寵姫ディアーヌ・ド・ポワティエ。
フランソワ2世(1544-1560)
シャルル9世(1550-1574)
アンリ3世(1551-1589)
アンリ4世(1553~1610)


まあ当然他にもいるけれど、とりあえず参考まで・・・

それでは改めてシュノンソー城。
1513年から工事が始まり、6人の女城主によって手が加えられている。

6人の女城主は以下の通り。
カトリーヌ・ブリソネ・・・以前まであった塔を残し、初期ルネサンスで城館を建てた。

ディアーヌ・ド・ポワティエ(1499-1566)・・・川に架かる橋を造った。

カトリーヌ・ド・メディシス(1519-1589)・・・橋の上に城館を増築した。

ルイーズ・ド・ロレーヌ(1553-1601)・・・夫アンリ3世の暗殺をシュノンソー城で聞いた後、
喪服を脱ぐことなくこの城にこもった。

ルイーズ・デュパン(1706-1799)・・・フランス革命の際、城を危機から救った。

マルグリット・ペルーズ(1836-?)

IMG_0127.jpg
ディアーヌの庭園から。

IMG_0103.jpg
今度は逆サイドのカトリーヌの庭園から。

IMG_0120.jpg
シェール川の上に建つ。

IMG_0123.jpg
遠めから見ると本当に川の上に建っていることが分かる。

IMG_0110.jpg
川の上に建っている所はギャラリーになっていて、
1576年にカトリーヌ・ド・メディシスが造らせた。
息子のアンリ3世のために宴を催す。

IMG_0108.jpg
写真はカトリーヌ・ド・メディシス。
彼女はフィレンツェのメディチ家出身。

この城はもともと彼女の旦那でフランス王のアンリ2世の寵姫、
ディアーヌ・ド・ポワティエに贈られていた。
寵姫と言っても20歳の年の差があった。
ポワティエの方がアンリ2世より20歳上である。
彼女はアンリ2世の家庭教師で、かなり影響を与えていたようだ。
そして50を過ぎても相当の美貌の持ち主だったと言われている。
アンリ2世の死後、
「アンリ2世からディアーヌに贈られた物リスト」
を持っていたカトリーヌは、
アンリ2世から贈られたシュノンソー城を含む全てをディアーヌから取り上げるよう迫った。
そしてシュノンソー城から追放し、代わりにショーモン城を与えている。

もう展開が昼ドラですよ。

IMG_0106.jpg
カトリーヌのマーク。
皆が言っているだろうから、敢えて触れたくもないけれど、
シャネルのようなマークって皆に言われるだろうね。
カトリーヌの方がシャネルより400年近くも前なのにね。

IMG_0114.jpg
壁に吊るされたタペストリー。
16世紀にフランドルで織られた。
フランドル地方というのは「フランダースの犬」のフランダースで、
まあ今で言うベルギーですな。
王侯貴族はフランドル産のタペストリーを好んで収集、壁に吊り下げていた。
この写真のタペストリーにある絵では、
「かに座の月は羊の毛を刈る時期ですよ。」
と伝えている。

IMG_0116.jpg
かに座のマークがありますね。
ザリガニだけど・・・

IMG_0115.jpg
羊の毛が刈られようとしているでしょう。

IMG_0129.jpg
それではシュノンソー城さん、さようなら。

つづく









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