2011.07.26 (Tue)

ロワール ブロワ城

7月13日。
今日も早起き。
年々早起きが苦ではなくなってきている。
年をとってきた証拠なのだろう。
朝食もとらずに駅へ向かい、8:11発の電車に乗り込んだ。
まず今日の目的地はトゥールから電車で約30分の所にあるBlois ブロワ城。

IMG_0212.jpg
写真の中断真ん中より右の丘の上にある建物がお城。川はロワール川。

この城もロワール川沿いの高台に造られているので、
最初の用途は容易に想像できる。
すでに9世紀にはブロワ城の記述が残っており、時代時代で改築が行われ、
14世紀の年代記作家フロワッサール、決してクロワッサンではないが、
「王国で最も美しい砦の一つである。」と記している。
砦とあるだけに、まだ防御重視で居住地としては住み辛い建物だったのであろう。

14世紀以前の建物はもうほとんど残っておらず、
現在は「3身分ホール」と呼ばれている建物だけが残っている。
15世紀末にはルイ12世が、16世紀初頭にはフランソワ1世が、
そして17世紀前半にはオルレアン公ガストンが、
それぞれフランボワイアン様式、ルネサンス様式、古典様式で改築している。
フランボワイアンって、「炎の燃え盛るような」ということで、
火炎様式と呼ばれているんだけど・・・

IMG_0185.jpg
フランボワイヤン様式の部分。炎?

IMG_0178.jpg
ルネサンス様式の部分。

IMG_0192.jpg
ルネサンス様式の部分を城下から望む。

ちょっとここから熟読するのは面倒になります。
面倒な方は次の「ブロワ城で見た面白いコンソール集」に進んでくださいませ。

我慢強い方はつづきをどうぞ。

このお城では1588年12月23日に血生臭い事件が起こった。
アンボワーズ城でも紹介した、
カトリックバリバリのギーズ公が暗殺をされてしまったのである。

アンボワーズ城で陰謀を察知し、
ユグノーの一員を処刑させたのはギーズ公フランソワ。
このギーズ公フランソワはユグノーの手により1563年に暗殺されてしまった。
その息子のギーズ公アンリ1世があとを継いだのだが、
父はユグノーによって暗殺されているため、ギーズ公アンリ1世は、
父暗殺の黒幕コリニー提督に深い憎しみを持っていて、
ユグノー戦争ではカトリック側の軍人として大活躍した。

フランソワ暗殺から9年経った1572年、
「サン・バルテルミの虐殺」と呼ばれている、
カトリックによるユグノーの大虐殺が起こる。

1572年8月22日ギーズ公アンリ1世の父フランソワ暗殺事件の黒幕で、
ユグノー指導者コリニー提督が、パリのルーヴル宮に戻る途中で銃撃を受け、
腕を負傷すると言う、暗殺未遂事件が起きてしまったのだ。
その情報を入手したユグノーは国王と母后カトリーヌ・ド・メディシスの許へ詰め寄り、事の真相を迫った。この王室へ対するユグノーの詰問に過敏に反応したカトリックは、ユグノーが立ち上がると考え恐怖した。

カトリックの過剰反応からギーズ公の家臣一団が、
サン・バルテルミの祝日の翌8月24日夜明け前、
コリニー提督邸に侵入し彼を刺殺、
その後カトリックの猛者どもは容赦なくユグノーの殺戮を始めた。
その時はすでに国王と母后も統制できないほどに、
手の付けようのない状態となっていたのである。

ギーズ公アンリ1世が活躍していた時のフランス王はシャルル9世と、
その後のアンリ3世だ。
長兄フランソワ2世はアンボワーズの陰謀の年に他界しているし、
次兄のシャルル9世はサン・バルテルミの虐殺のショックで他界している。
フランソワ2世、シャルル9世、アンリ3世ともに、
アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの子供である。
カトリーヌ・ド・メディシスはシュノンソー城で起きたあの昼ドラのヒロイン。

ギーズ公アンリ1世はすでにカトリック貴族から多大な信頼と尊敬を受けていたので、
国王アンリ3世は、
「国王の威厳を確固とするためにはギーズ公を亡き者にするしかない。」
と考えた。
1588年12月23日、アンリ3世はギーズ公アンリ1世をブロワ城へ呼び寄せる。
何も知らないギーズ公アンリ1世は王アンリ3世の指示を受け書斎へ向かうが、
その途中の暗い通路で刺客により暗殺されてしまった。

すでに病床にあった母后カトリーヌ・ド・メディシスは、
自分の息子が手を血に染めたことを知り、ショックを受け、
1589年1月5日にブロワ城で息を引き取った。享年70歳である。

アンリ3世はカトリックの英雄ギーズ公を暗殺したことから逆に恨まれ、
1589年8月1日サン・クルー城で、
カトリックの修道士ジャック・クレマンによって暗殺されてしまう。
これで、ヴァロワ朝の幕も閉じた。

アンリ3世の後継者、アンリ4世からフランス王朝と聞くと誰でも知っている、
「ブルボン王朝」となる。

このブルボン朝はユグノー戦争時はユグノーを支持していたので、
国王アンリ3世、カトリックのギーズ公アンリ1世、
ユグノーのブルボン家アンリが活躍していた時期の戦いは、
3アンリの戦いと言われている。

国王アンリ3世は死の際でブルボン家のアンリを呼び、
カトリック改宗を条件で王位継承者に選んだ。
そこからフランス国王アンリ4世が誕生するのだけれど・・・
もともとユグノーだから、いくらカトリックに改宗しても他カトリック諸侯から信用されず、
再び泥沼となっていくのです。

私個人としてはフランスは好きだけれど・・・
もうフランスは腐乱巣ですね~

IMG_0176.jpg
王妃の書斎。壁全体が引き出しだらけだけど、実は4つしか引き出しがない。

IMG_0188.jpg
ブロワ城の正面。ルイ12世の騎馬像が入り口の上にある。

IMG_0182.jpg
中庭から街の景色。


つづく
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00:21  |  フランス  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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