2013.08.04 (Sun)

Vyšehrad ヴィシェフラド 4

聖ぺトロ・聖パウロ教会のそばには、
黄色っぽい色の壁が、とある敷地をぐるりと囲んでいる。
その壁の一角にある碧眼(凹んでいる所)には聖ルドミラの彫刻がある。
チェコ国内には結構いろんな所に彼女の彫刻や絵が飾られている。
ルドミラの特徴は首元にマフラーだ。
理由はまた次回。
彼女を単独で紹介する時にしよう。


ぐるりと囲んでいる壁の中のとある敷地はチェコ有名人墓地だ。
1858年にチェコ有名人墓地について提唱され、
1863年9月28日にセレモニーが行われた。

現在、約600名ほどの著名人とその家族が眠っている。

ヨゼフ・ビカン

チェコ系オーストリア人。
1937年から1955年まで主にスラヴィア・プラハで活躍したサッカー選手。
その間282試合で444ゴール上げている。
特に1943-44のシーズンでは26試合で57ゴールも上げた驚異のストライカーだ。
通算ゴール数はペレよりもロマーリオよりも多い。

ミコラーシュ・アレシュ

19世紀後半に活躍した画家。
マレー広場のロット館の壁画(ハードロックカフェが入っている建物)、
ヴァーツラフ広場のヴィーフルーフの家(広場中央部角の本屋)の壁画を手掛けた。

スヴァトプルク・チェフ

チェフ橋のチェフ。
19世紀後半に活躍した詩人。

カレル・ヒネク・マーハ

マーイというタイトルの詩を書いた。
19世紀前半の詩人。

マックス・シュヴァビンスキ―

20世紀前半の画家。
聖ヴィート大聖堂の東側の三位一体、南側の最後の審判、
聖霊降臨のステンドグラスのデザインを手掛ける。

ヤン・プルキニェ

19世紀前半の生理学者。
1825年、暗所では赤よりも青に対する色覚が強くなる現象を発見。
プルキニェ現象と呼ばれている。
1833年、汗腺を発見。

ヨゼフ・スク

現代のチェコを代表したバイオリニスト。
祖父は有名な作曲家で同名のヨゼフ・スク。
曾祖父はアントニーン・ドゥヴォジャーク。

カレル・チャペク

20世紀前半の新聞記者。
あらゆるジャンルで作品を残すチェコ代表する作家。

スラヴィーン

もっとも著名なチェコ人たちの共同墓地。
1889年から1893年にかけて造られた。
デザインはアントニーン・ヴィール。

アルフォンス・ムハ(画家)、
ヤン・クーベリク(バイオリニスト、作曲家)、
ラファエル・クーベリク(指揮者)、


ヨゼフ・ゴチャール(建築家)などが眠る。


棺を納める入口。

このスラヴィーンには常に1つだけスペースが空いている。
カレル・チャペクの兄、ヨゼフのためのスペースである。
終戦直前に強制収容所で亡くなった彼の遺体を納めるのだ。
が、見つかる可能性はない。

ヤン・ネルダ

ネルドヴァ通りのネルダ。
19世紀後半の詩人。

アントニーン・ドゥヴォジャーク

言わずと知れた作曲家。

ベドジフ・スメタナ

ドゥヴォジャーク同様に世界的有名な作曲家。
なんか墓石が変わったような気がする。


毎年5月12日はここで献花式が行われる。
プラハの春音楽祭のオープニングの日だ。
5月12日は彼の命日なんだ。

他にもまだいるけれど、取りあえず主な著名人を上げた。
お墓参りをしながら芸術的な墓石の鑑賞に来てはいかがかな…。

ヴィシェフラドの散策もここまでにしておこう。
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