2009.06.09 (Tue)

プラハ今昔

国が発展していく事は良い事だと私は思う。
 
チェコはEUに加盟した2004年辺りからどんどん発展しており、
西欧に近づいている事を実感するし、
私がいるプラハはすでに旧共産圏の印象を感じさせない。
プラハ在住者という贔屓目もあるのかもしれないが、
私はプラハはヨーロッパで1番綺麗な街であると確信している。
 
「百塔の街」、「黄金の街」、「北のローマ」、「建築物の博物館」
とさまざまな呼び名で呼ばれ、世界中の人がプラハに来て
「Oh! Beautifle!!] と感嘆しているが、
それはあくまでも街並みだけの話…。
街の中にあるソフトウェアはパリ、ローマ、
フィレンツェには到底敵わない。
ソフトウェアというのは、レストランや、カフェ、
その他もろもろの店舗の事を指している。

近年、日本のテレビCM、ドラマ、旅行番組でプラハが取り上げられ、
日本からの観光客数も増加している。テレビで見たプラハの印象、
そして、実際訪れてみて西欧の雰囲気がするプラハに、
人々はソフトウェアまで西欧を期待している人が多いようだ。
確かにここ数年プラハには、洒落たバー、カフェ、レストランがオープンし、
いかにも「昔から営業してます!!」という風体で店を構えているため、
日本から来ると
「さすがヨーロッパね~。」とか「プラハは洒落てるな~。」
という錯覚に陥りやすい。
しかし私は、そのような方々に、
「プラハに西欧感を期待するのはまだ早いですよ!!」
と忠告したい。

そこで今回は10年ほど前のプラハ飲食店、食料品店事情を、
毎度お馴染みの箇条書きで、ご紹介したい。
「10年前の情報なんていらねーぞ。」
と思われる方も、怒らず読んで頂きたい。

1、コーヒーを注文すると必ずトルココーヒーが出てきた。
普通のコーヒーが欲しい時は「ネスカフェ」と頼まなくてはいけなかった。

2、カフェオレ、カフェラテの存在を知らなかった。
「たっぷりのミルクにコーヒーを…」と説明しても、
普通のコーヒーにスジャータのようなミルクが付いて出てきた。

3、カクテルのジントニックが何か知らなかった。
そもそもカクテルはほとんどなかった。
ジントニックを注文すると、ショット入りのジンと瓶入りのトニックが出て来て、
注文者が自分でトニックにジンを入れるという始末。

4、クネドリーキ付きの料理を注文すると、
「クネドリーキは何枚にしますか?」
と尋ねられた。
ほとんどのチェコ人男性は10枚ぐらい頼んでいて、ペロリと平らげていた。

5、サラダには、レタスの代わりに白菜が使われている。(今もあるが。)

6、1番大きなスーパーマーケットは、ナーロドゥニー・トゥシーダのテスコだった。

7、冬場になると食料品店の野菜コーナーには、ジャガイモ、
玉ねぎのみという事がしばしばあった。

8、パンコーナーには、角パン、亀パン、黒パンしかなかった。

10年は長いのか、短いのか分かりませんが、
1989年までチェコは社会主義国でした。
民主化後、お金もなく、物もないチェコは首都プラハですら、
10年ほど前は上記の感じだったのです。
そしてやっと西欧に近づき始めたところ。
今後もっと多くのチェコ人が外国へ出て、西欧、アメリカ、日本などを見て、
知って、研究すれば、さらに発展し、より満足いくソフトウェアを作れるだろう。
ですから、プラハに来られる方に忠告いたします。
「プラハに西欧と同じソフトウェアを期待するのは時期尚早である。」
という事を…






 
関連記事
スポンサーサイト
メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
23:12  |  チェコネタ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

*Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

*Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://gambrinus.blog45.fc2.com/tb.php/5-7e5c860d

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP |