2013.11.20 (Wed)

プラハを探す Pražské Jezulátko

プラハのマラーストラナに建つ勝利の聖母教会。
カトリックがプロテスタントに勝利したことを記念して、勝利のという名が付いている。

その教会の中には、プラハの子どものイエス人形がある。


16世紀半ばスペインでは、普通の子どもとして生活していたイエス・キリストの人間的な面を重視するという、新たな崇拝が流行っていたようだ。

そして当時、この子どものイエス人形をマンリケ・デ・ララ家が所有していた。
1556年に、マリア・マキシミリアナ・マンリケ・デ・ララ妃がチェコ貴族のヴラティスラフ・ペルンシュテインに嫁いだ際、子どものイエス人形を結婚祝いとして母親のイザベラから贈られたのである。



マリア・マキシミリアナ・マンリケ・デ・ララは娘のポリクセナに贈る。
ポリクセナはチェコ貴族のロブコヴィツ家に嫁いだ。
1628年、未亡人となっていたポリクセナ・ロブコヴィツはカルメル会に子どものイエス人形を寄付をする。


しかし時は30年戦争真っ只中、プロテスタント軍がプラハを侵略し、教会も略奪を受けた。
子どものイエス人形は腕を折られ、祭壇の陰の瓦礫の中に投げ捨てられてしまったのである。
その後、教会は放置され、人形も忘れ去られてしまった。



1637年の聖霊降臨祭の日にミュンヘンからカルメル会司祭のシリルがプラハにやって来た。
彼はミュンヘンにいた頃からプラハをよく知っており、とくに子どものイエス人形に信心を持っていたので、荒廃した教会を捜しに捜し、なんとか人形を見つけ出し、折られた手を直した。



すると再び賛美の対象となり、子どものイエスに助けと慰めを求めに来る哀願者が急増した。
願いに来た者の中には、奇跡的な助けを受けたとか、人形のおかげで類稀なる出来事が起こったということで、感謝の気持からたくさんの贈り物が届けられるようになった。
写真の服もその贈呈品である。



ちなみに人形は高さ45cm。
3歳の子どもをかたどっている。
今でもミニチュアを買い求めたり、子どものイエスをかたどった物をお守りとして持ち歩く者もいるのだ。



ラッキーアイテムである。
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