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2013.10.05 (Sat)

プラハを探す 新市街の壁

時は1348年、弥生8日。
時の皇帝カレル4世により、
プラハ新市街設立の宣誓文が発行された。

その新市街は、それまであった旧市街地を扇状に取り囲み、
家畜市場、馬市場、干し草市場の三つの広場を中心にして、
旧市街とは事なり、碁盤目のような縦横に延びる道を整備した。
新市街の通りの幅は25m平均だったと言う。

その新市街をぐるりと囲む壁が造築された。


1348年3月26日に皇帝カレル4世により礎石される。


壁の構築には2年かかり、1350年に完成。
ヴルタヴァからヴルタヴァと孤を描く形で造築されている。


全長約3.5km、


高さ6~10m、平均幅5mほどの壁だ。


これらの壁も、街の近代化が進む19世紀末に取り壊された。
新市街の壁が残存しているのはごく一部分、
アルベルトフからヌスレ橋付近まである。


ちなみにヌスレ橋は1973年完成し、
歩行者、自動車、地下鉄が通るチェコ最大の橋だ。
1975年から1989年まではクレメント・ゴットワルド橋と呼ばれていた。
全長485m、幅、26.5m、ヌスレ谷からの平均の高さは42.5mある。

谷を越えた向こう側、現在ヌスレ橋を渡った向こう側は、
プラハの外に出たことになるんだ。

新市街の壁でした。

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