2011.08.05 (Fri)

ロワール シノン城

7月15日

午前中から昼過ぎまでシノン城を見学し、
その後15時過ぎの電車でパリへ行く計画だ。
シノン城へは国鉄バスでトゥールから所要時間約50分。
見慣れたヒマワリ畑の中をひた走っていく。

シノン2
ヴィエンヌ川から切り立つ絶壁に建つ。
もともとは要塞。戦略的にも重要なポイントだった。
古くは先史時代の定住の形跡も見られるし、城の土台部分では、ローマ、
ガリアーローマ時代に築かれた陣営の壁の一部も発見されている。

シノンが最初に言及されているのは、
「446年のローマ人のガリア総督エギディウスによる包囲を伝えた、
トゥールの聖グレゴリウスの記述である。」とガイドブックにあった。

その後も幾度も戦地となり、仏英の争いの狭間で城の要塞化が進んでいったのだ。

シノン3
城。

シノン城ではなんと言っても、
ジャンヌ・ダルクと王太子シャルルとの面会の話が有名だ。
1429年3月9日の夕方、シャルル王太子との面会をすべく城に向かった。
その知らせを聞いたシャルルは家来に王太子の格好をさせ、
自分は地味な服装で家来の群に紛れ込んでいた。
ジャンヌは一度も王太子を見た事がないから、
家来の中に紛れ込んでいるのが王太子と分かるはずもないのに、
部屋へ入るとすぐ、家来の中にいる王太子へ近づいたと言う話。
そしてシャルルしか知らない秘密の話を打ち明け、
シャルルの信頼を得たのである。

ジャンヌはその秘密の話の内容を明かしていないから誰も内容は知らないけれど、
シャルルはかなり驚愕したのであろう。なぜなら、ジャンヌの身分から言えば、
王太子には会う事も出来ないほどの身分なのにも関わらず、秘密の話の後は、
彼女の進言を受けランスで戴冠し、シャルル7世と名乗るのだから。

シノン4
ジャンヌ・ダルクのプレート。

シノン5
シノン城から町を見下ろす。

シノン8
ジャンヌ・ダルク広場に建つジャンヌ像。「Follow me!!]と叫んでいる感じがします。

シャルルとの面会の翌月4月、
イングランド軍に包囲されていたオルレアンを解放すべく戦場へ赴き、
味方を鼓舞し、危険な任務を遂行し、1ヵ月後の5月にイングランド軍を撤退させた。
ジャンヌは人を殺したくないと言う理由から旗持ちを好んだと言われている。

だから、時間があったらオルレアンにも行きたかったけれど、今回は無理だ。
パリ行きの電車は途中オルレアンに停まるのだが、途中下車するほどの時間はない。
まあ機会があったら次回行こう。

パリ・オステルリッツ駅に到着し、夕食をとるべく中心へ向かう。
「ひぐま」と言う店名のラーメン屋さんで味噌ラーメンと餃子を食べた。
ここのラーメンと餃子はおいしいから、パリに来る事があると一回は立ち寄っている。
パリ ひぐま で検索できる。
結構混んでいたから落ち着いて食べられなかったけれど、胃袋は落ち着いた。

つづく






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00:17  |  フランス  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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