2014.09.24 (Wed)

Červená Lhota チェルヴェナー ルホタ

チェコにはたくさんの城が建っている。
城と言っても、日本人が見たら、
「へっ?これが城なの?」
と首を傾げるタイプの物もある。
だって、プラハ城だって城なんだから。
そもそも城にはこんな意味もある。
“その地区、場所を守る建物”
その意味を知ればプラハ城はプラハを守る建物のだったと言う事が分かる。


他にも日本語では「城」と一緒くたにする傾向があるが、
チェコ語では防衛目的に建てられた頑丈なタイプの城をHradと言い、
住居を目的にし、快適さを追求した城をZámekと言う。
ドイツ語でもburgとschlossで使い分けしている。


地方豪族が群雄割拠していた時代は、敵が攻めてきても守り易い砦・要塞、いわゆるhradが必要だった。
封建制が進むことによって争いごとも減り、快適さを求めるようになるとhradをzámekに立て直したり、新築したりした。
絶対王政が確立すると王家が豪華絢爛な宮殿を建て始める。シェーンブルンやベルサイユなどだ。
その後、19世紀になると統治者たちは昔のタイプのお城に憧れ古典的な城を建てる。ノイシュヴァンシュタインが有名だ。
こんな流れで、城のタイプも変わっていったのである。


写真の城は南ボヘミアにあるČervená Lhota チェルヴェナー ルホタだ。
もともと14世紀にフラデツ家の領地にルホタと言う名の村ができた。
1530年ごろにカーバ家がルホタを買い取り、ルネサンススタイルの城に建て替えた。
そして村の名も新しいルホタに変わった。
1597年、ヴィレーム・ルトゥが新しいルホタを買い取り、
1602年からチェルヴェナー・ルホタの名に変わった。
城の色が赤になったからである。
赤=チェルベナーなのだ。


伝説がある。
この城に住んでいた不道徳な夫人が城で悪魔と出会い、窓から連れ去られてしまった。
彼女の亡骸は結局見つからなかったが、連れ去られた時に壁に付いた血痕だけが残った。
その血痕は消しても消しても消えない。
止むを得ず、壁に付いた血の色と同じ赤色で城全体を塗った。
故に城は赤色をしているのだそうだ。


嘘か真か…
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11:18  |  ボヘミア地方  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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