2014.06.28 (Sat)

フランツ フェルディナンド

1914年6月28日。
「オーストリア皇太子サラエボで暗殺される。 サラエボ事件。」
こんな文が歴史教科書の年表に記されていたことを覚えている。

ボスニア ヘルツェゴヴィナを視察中のオーストリア皇太子と皇太子妃ジョフィエが、
首都サラエボで共に暗殺をされたのである。


歴史について詳しく書くわけではないが、このサラエボ事件が原因となり、
第一次世界大戦が勃発したのは有名な話だ。


オーストリア皇太子の名はフランツ フェルディナンド。
ハプスブルク家はフランツ ヨーゼフとエリザベートの甥っ子で、
本来、皇位継承からはかなり離れた地位にいたのだが、
運命のイタズラか皇位継承者になった。

ちなみに彼が伴侶として選んだジョフィエはチェコのホテク家の出で、
ハプスブルク家とは比べものにならないぐらい位の低い家系だったため、
フランツは彼女との交際を内密にしていた。
ハプスブルク家にはいろいろと結婚に関するしきたりがあったのである。

しかし、ある日、テニスをしていた際、侍女が好奇心を抑えられず、
つい、フランツのペンダントのロケットを開けて中を見てしまったのだ。
すると驚くことにロケットの中にはジョフィエの写真が入っているではないか…!
2人の仲が世間に知れ渡ってしまった。

周囲からの批難、冷たい眼差しにも負けず、フランツはジョフィエを愛し、
守り、いろいろと条件を飲み、結婚したという美談がある。

フランツは皇位継承からは遠い地位にあったので、
そもそも皇位自体が頭になかったから軍の道へ進んだ。
大砲、鉄砲などを扱う能力に長けていたそうだ。
それもあってか彼の趣味は狩猟だった。


旅先で時間があれば狩猟に出掛け、生涯30万頭近くの動物を仕留めたという。

プラハから南に約50kmほど行くと、フランツ フェルディナンドが所有していた城がある。
コノピシュテェ城。


ここには彼が仕留めた動物のうちの約3000頭が剥製になってインテリアを飾られている。
他にも彼が趣味で集めていた数多くのコレクションが展示されているのだ。

このコノピシュテェ城を購入した際、城を自分の好みに立て直したのだが、改装中に世界旅行をした。
その旅行中には日本にも立ち寄っている。


長崎から入国し、横浜から出国。
几帳面な彼は日記を記していた。
よってオーストリア皇太子のフランツ フェルディナンドの視線から見た明治の日本を知ることができる。
興味がある方は是非チェックしてみてください。


日本では時間が無く、狩猟に出掛けられなかったが、
奈良公園で鹿を見たときどうしても狩猟熱が高まってしまったそうだ。
すると、その熱を感じ取った鹿がフランツに突進して来た。
なんて文を読むと笑ってしまう。

まさに100年前、そのフランツ フェルディナンドが暗殺をされた日。
第一次世界大戦が勃発した日。

1914年6月28日。



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