2014.09.14 (Sun)

ピルスナーウルクェル

プラハから高速道路D5で西へ約90キロ走ると、プルゼニュ(ドイツ語名ピルゼン)という街に着く。
ここはかつての行政区分だと西ボヘミア地方に属し、西ボヘミアでは一番大きな街である。チェコでは4番目。
西ボヘミア最大と言っても人口は17万人程度ではあるが…


ピルスナーウルクェル工場。

このピルゼンを世界的に有名にしたのが、そう、ピヴォである。
その名も『Pilsner Urquell』、チェコ語名『Plzensky Prazdroj』。
元祖ピルスナーである。


オランダの灯台を模した給水塔。

ピルゼンは1295年、ボヘミア王ヴァーツラフ二世により設立された。
街設立当時からピヴォが造られ始め、19世紀初めまでは、現在の旧市街地区でピヴォ造りが行われており、実に300種ほどのピヴォが存在していたとの事だ。


瓶詰めラインとパイプを通る王冠。

300近くも種類があった理由は、街には約300軒の家が建ち、各家が、各家のレシピで勝手にピヴォを造っていたからである。
よって、味はバラバラ、質も低く、
市民は街のピヴォの質向上を図るべく、1839年、バイエルン地方のピヴォマイスターを呼び寄せ、バイエルンの醸造法と全く同じ方法で、ピヴォを造るよう依頼をした。


工場見学コースにあるチェコ最大のエレベーターは、なんと72人乗り。

醸造工程の初期段階に当たる、麦芽と水を混ぜ、煮込み、ろ過して麦汁を造る仕込みで出来上がった麦汁が、バイエルンの麦汁よりも淡色だったため、麦汁をより濃い色にしようと、同工程を3回繰り返した。
しかし出来上がった麦汁は淡色であったため、誰もが失敗作かと思ったそうである。


展示コーナーに敷き詰められついる大麦。

その淡色麦汁に、ホップを入れ、ろ過し、酵母を入れ発酵させ、貯蔵して出来上がったピヴォは、今までに無い色合いと味わいのピヴォだった。
時は1842年。ピルスナー・ウルクウェルの誕生である。


2006年まで現役で活躍していた煮釜。

麦汁の色が淡色になった理由は、バイエルン地方の水が硬水であるのに対し、ピルゼンの水が超軟水であったからという、ただ単に水質の違いだけで、その水質の違いがあったからこそ、その後、世界中で、ピルスナータイプの淡色ピヴォが造られるようになった。
「ピルゼンピヴォの様なピヴォ」という事が、ピルゼンタイプ、ピルスナータイプと呼ばれる所以である。


フィルタリングされた麦汁が出る蛇口。

ちなみにキリンラガーも、ピルスナー・ウルクウェルの影響を受け造られており、以前キリンラガーの工場があった群馬県高崎市は、ピルゼンと姉妹都市の関係を結んでいる。


19世紀に使われていた昔の釜。

ピルスナー・ウルクウェルはチェコでも最も人気のある。
人気があるだけに、値段も他のチェコピヴォに比べると少し高めだ。
高めと言っても、プラハの中心地で平均価格が500mlのジョッキで50~70コルナ(日本円で約400円)程度か。


工場地下に掘られて出来た総全長9kmもある地下道にある樽で寝ているピヴォ。

アルコール度数は約4.4%で日本のピヴォに比べるとやや低い。
チェコの気候、料理には非常に合うが、日本で飲むと少し苦く、重い感じがするかもしれない。
しかし、ピルスナーウルクェルを飲んでしまうと、もう他のピヴォは飲めない。


ノンフィルターピヴォの試飲。
コクがあり美味しい。

ピルスナーウルクェルはチェコに来るなら是非飲んで頂きたいピヴォだ。


樽には約40ヘクトリットル、つまり4000リットル近くのピヴォが入っている。

そんなピルスナーウルクェル工場を見学してきたのさ。

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18:53  |  プラハでピヴォ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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