2014.11.01 (Sat)

クトナーホラ 抗夫になる

干物ではないけれど、ちょっと天日干ししてほしいと思った白衣。


誰が被ったのか分からない、これまた、なんだか湿ったヘルメット。


そして少し重たいランプが配布される。
それらを見に付けると準備完了。


今日、俺たちは山に潜る。
昔の銀山坑道巡りだ。


167段の階段を下り、坑道の一番背の低い場所で高さ127cm、
一番幅の狭い場所で幅40cm、ライトを付けないと全く周りは見えない。
そんな狭くて暗い場所を歩く。
歩くだけでも難儀なのに、昔の男たちはここで仕事をしていたんだ。
梯子を上り下りし、坂を滑り降り、さらに縦穴横穴を掘り進み、
銀が含まれているであろう石を掘り、その石を運び上げていた。


その男たちのユニフォームは上が白衣。
一番安価で、地下に潜ると光が反射し易いからだ。
下は革のズボンを履いて腰には革生地を巻き、さらにウェストポーチを付けていた。
革生地はおしりの下に敷き、坂を滑り降りる時におしりを保護するための物で、
ウェストポーチの中には仕事道具、坂を登る時に使う道具などが入っていた。
また、ヘルメットが無かった時代は革の帽子をかぶり頭部を保護していたのだ。

男たちの労働時間は1日6~8時間。
彼らは強制労働者ではなく、お金持ちになりたいと願って自分の意思で山に入った男たちだ。
「山に入って、岩を掘って、運良く銀をたくさん取れれば大金持ち!」
と単純な仕事のように見え、魅力もあったが、
労働条件は厳しく、落盤、転落、水没などの事故が多かったし、
暗所での作業なので目に障害を持つことも多々あったのだ。
だからか、馬1頭の値段が40~60プラハグロシェだった15世紀終わりから16世紀初め、
彼らの給料は1週間で20プラハグロシェとかなりの高給取りだったようだ。


そんな男たちの仕事場だった銀山坑道、
その中でも安全に回れる場所が一般公開され、
今を生きる各国からのツーリストが巡っている。
ただ、安全に回れる場所で大きな問題はないと言っても、
坑道内はマジ暗いから暗所恐怖症の方は厳しいし、
幅狭い道を進む際、圧迫感を感じるから閉所恐怖症の方も厳しい。
でも、潜ってみる価値はある。
「クトナーホラは骨教会だけではないんだ!」
と言う事が分かるのでね。
クトナーホラの坑道ツアーに参加してみよう。
WEBサイト(英語、チェコ語)
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23:49  |  ボヘミア地方  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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