2015.08.06 (Thu)

ミクロフ

海抜363mの聖なる小円丘に登る。
スヴァティ・コペチェクと呼んでいるが、
山頂には聖セバスチャン教会と鐘楼が建っている。


スヴァティ・コペチェクからは人口7500人ほどの小さな町を見下ろせる。


ミクロフだ。


ここはもうオーストリアとの国境に近い。
超近い。
資料によれば町の起源は知られていないが、1082年、時のボヘミア王ヴラティスラフが、
オーストリアのバーベンベルグ家を倒してからこの地域がボヘミア領となったとある。
そのすぐ後、モラビアとウィーンを結ぶ交易路として丘に城が築かれた。


1249年から1560年まではリヒテンシュタイン家が、
1575年から1945年まではディートゥリヒシュタイン家が領有していた。


町の高台にあるのがミクロフの城だ。
第二次世界大戦で被害を受け、修復後は地域博物館になっている。
時間の関係で見ることができなかったが、城のワインセラーには巨大なワイン樽がある。
その巨大さといったらとてつもなく中欧で2番目に大きく、容量は1014ヘクトリットルもあるという。
ワインボトルにすると135000本分になる。
ちなみにミクロフはチェコワインの名産地なのだ。
ミクロフに出かけた際は是非ワインをお試しあれ。
暑い日に冷えた白ワインは最高だ。
もしくは白ワインと炭酸水で割った物も飲みやすい。
střikで通じるはずだ。


さて城に行き、テラスからスヴァティ・コペチェクを見た。


さらに敷地内を進んでいるとふと思い出した。
昔々プラハ城内の黄金の小道付近にあったモニュメントがミクロフ城に移されていた事を。
敷地内を歩き、探すと中庭に設置されていた。
懐かしさのあまりつい撮影。


広場にあるディートゥリヒシュタイン家墓所教会を見学し、
町から少し離れたコジー・フラーデクに登った。
山羊の小城という意味。
なぜ山羊なのだろう…?


ミクロフに来たのはもう15年ぶりぐらいか。
近くを通ることはあっても町に入ることはなかったものなぁ。
しかしまあ綺麗に修復されて可愛らしい町に戻ったものだ。


後日投稿予定のレドニツェ−ヴァルティツェ景勝地と併せて訪れる価値はある。
特に夏、まさに今だ。
自転車に乗ってブラブラ田舎道を走るのは最高なんだ!

関連記事
スポンサーサイト
メガネカメラ秋葉原/ウォルマートカード/ハピタス/●link/
11:43  |  モラビア地方  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

*Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

*Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://gambrinus.blog45.fc2.com/tb.php/795-6dc070e2

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP |