2016.04.06 (Wed)

シュワルツェンベルグ運河

14世紀、カレル王統治時代、すでにこんな壮大なアイデアがあった。
「ヴルタヴァ川とドナウ川を結ぶ。」
カレル王の時代は日本で言えば足利尊氏の頃に当たる。


そんな昔に、そんな壮大な事業なんて無茶だと思うかもしれない。
でもさ、それよりも1300年以上も前の古代ローマ帝国時代では、
帝国内には山から町に水道を引き、街道が造られ、
それらがしっかりとメンテナンスされて利用されていたんだ。
それを考えれば、ヴルタヴァとドナウを結ぶ運河を作るなんて容易いと思うけれど、
古代ローマ帝国が持っていた高度な技術力は中世の時代には失われており、
運河建設は実現に至らなかった。


1789年4月、Josef Rosenauerの計画でついに工事が始まった。
目的は南ボヘミアに広がるシュマバ山地の樹木をウィーンで使用する薪にするため、
運河を作り、木材を運びやすくするためである。


1791年時には、運河は全長約40kmの長さとなり、最終的には50kmを越える長さになった。
途中には約400mほどの水道トンネルも作られた。
運河の平均幅は3.5~4m、深さは1mほど、各所勾配は2~7パーミルあり、
シュマバ山地の木場からウィーンまで木材を運ぶのにかかった日数は8日ほどだったという。


運河の名前はこの地域を所有していた貴族のシュワルツェンベルグの名をとり、
シュワルツェンベルグ運河と呼ばれている。


そして、このシュワルツェンベルグ運河が建設された事によって、
ヴルタヴァ川源流のひとつの冷たいヴルタヴァとドナウ川支流のグロス・ミュール川が結ばれた。
つまり北海と黒海が結ばれた事になるのである。


しかし、時代と共にこの運河も利用されなくなってしまった。
現在はたった9kmほどの距離だけを昔のように水が流れ、他は名残りを見せるだけとなった。
その傍らをサイクリングとハイキングを楽しむ者が訪れている。
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16:34  |  ボヘミア地方  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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