2016.09.07 (Wed)

ピーセクの石橋

プラハから南へ110kmほどの所にピーセクという町がある。
1243年に設立されている。
実際にはもっと前、旧石器時代から人類が生活していた形跡はあるが、ピーセクと言う名が、1243年にヴァーツラフ1世が発行した文書に初めて登場するので、1243年設立となっている。
町にはオタヴァ川が流れ、その昔は金が採掘されていた。
しかし町の設立の目的は金採掘だけでなく、Zlatá stezkaと呼ばれた中世の通商行路を守る目的があった。
Zlatá stezka 黄金の道。

13世紀後半、プシェミスル オタカル2世の命により、橋が建設された。
全長約110m、幅は6.25mと小さい橋ではあるが、プラハのカレル橋よりも古いのである。
これにより、Zlatá stezkaはバルト地域と地中海地域が結ばれたのである。

また橋は鹿の橋と呼ばれていたのだとか…。
昔話によると、最初に渡ったのが予期せね事に森から出没した鹿だったんだとか…。
ただ、ほとんどの住民は古い橋と呼んでいた。
2007年になってやっと、ピーセクの石橋 と決まり、名前については一件落着となった。
2002年の大洪水では増水した水面から橋に立つ聖人像の姿のみが見えるほどまで増水し、橋自体は水没してしまっている。
その後、迅速な修復工事のおかげもあり、今も13世紀後半の姿を残すピーセクの石橋を見、渡ることができるのである。


そうそう。
ピーセクは橋だけではない。
町も可愛らしいので、プラハから南に出かける際は立ち寄ってみてはいかがだろうか。
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10:38  |  ボヘミア地方  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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