2017.06.03 (Sat)

Flossenbürg捕虜収容所

プラハから高速道路で西へ走る。
プルゼニュを過ぎ、国境を超えてドイツに入り、一番最初の出口で高速道路を降り、
国境に沿うように北上していくとFlossenbürgと言う小さな町がある。
国境からは直線距離だとほんの5kmしか離れていない。
この場所に1938年から1945年まで捕虜収容所があった。
延べ10万人の者が収容され、少なくとも3万人はここで命を失ってしまった。


収容者のほとんどはナチスドイツに対する反社会的政治犯と犯罪者たちである。
そして、ここに収容所を設営した理由は、ズバリ労働だ。
そばに花崗岩の採石場があり、そこで重労働を課せられた。
その花崗岩はベルリンなどに建設する豪華な建物のための建築材となった。


1943年からは軍需工場もでき、収容者は飛行機の部品の組み立て作業に従事させられ、軍需工場設立と共にバイエルン、ザクセン、チェコに90近くの準収容所が作られたのである。


1945年4月23日に米軍により解放されたが、1500人の致命的な病人しか残っていなかった。


収容者の中にはユシチェンコ元ウクライナ大統領の父親もおり、5か月ほど収容されていた。
そのため、2007年に収容所解放65年記念式典が行われた際、
元収容者84名と共にユシチェンコ元大統領も参加している。


その会報65年記念式典からかつての浴場で常設展示が始まり、
2010年からはかつての収容所の食堂を第2展示室として開館した。

アウシュヴィッツやダッハウほど知られている場所ではないが、
私が出掛けた時もドイツ人団体、チェコ人中学生らが見学に来ていた。

詳しく知りたい方は現地に出掛けて下さい。
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22:16  |  ドイツ  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

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