2017.03.28 (Tue)

トラム23

3月25日から復活した。
プラハ交通局のチラシではニューとなっていたけれど、ぼくは知っている…以前は存在していたことを…。
どれくらい前だっただろうか?
いつの間にか無くなっていたのだ。
トラム23番。
しかもプラハのトラムでぼくが一番見慣れているT3タイプである。


23番はプラハ観光地の最大の要所であるプラハ城停留所を通る。
今までプラハ城までは22番の一本だけでしか行けなかったのが不思議なくらいだったけれど、23番と言う選択肢が増えた。
ただ、23番のルートは22番ルートの短縮に過ぎないから、選択肢が増えたと大手を振って喜ぶわけにはいかない。
だってこの路線上で何か事故でも起こったら、結局はトラムでプラハ城に行けなくなるのだから…。


さらに23番のダイヤも少ない。
写真はプラハ城停留所の坂を下って行く方の時刻表だけれど、平日も土日も8時代から18時代までしなく、しかも30分に一本間隔になっている。


これはなかなか、23番に出会う確率は低いですね~。
勝手に出会えてラッキーなトラム、幸運の23番にしてしまおうかな。


さああなたも23番に乗ってみよう!

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2017.03.22 (Wed)

よいのか、わるいのか

外国にいると「日本的当たり前思考回路」を解除しなくてはならない。
日本で通用する事が外国では通用しない。
「日本的当たり前思考回路」を解除しないで、そのままの思考回路で外国に行くと驚く事だらけで、「これが日本だったら大変だぞ!間違いなく炎上だな。」となり、改めて「日本は良い国だなぁ。」と気がつく。

しかし反面、日本は過度が付くほどの過保護国である事にも気づかされる。
あまりにも周りから守られ過ぎているのである。
公共機関ののりもの、店舗、その他諸々、多種方面で過剰サービスの嵐が吹き荒れ、感情のこもっていないビジネススマイルで「お客様は神様です。」とごますり状態だ。

確かにお客様は神様かもしれないが、過剰サービスが変な神様を創り上げているようで、些細な事で神様からモンスター客に豹変してしまうケースが多いと、昨今ネットニュースで読むこともしばしばだ。
そもそも私は「お客様は神様です。」と言うフレーズは好きではない。

私が住むチェコプラハでは、お客様を神様だと思っている様子は全く見られない。
信仰心稀薄なチェコだけど一応はキリスト教を信仰しているから、当然、彼らの神様の他に神様が存在するはずもないのだが、それでもお客様あっての商売なのだから、どうしてもっとサービス向上を計れないのかなと首をかしげるほどに上から目線サービスが横行し、不思議と客が弱腰になってしまっている。
当ブログ「プラハでピヴォ」を書き始めた頃にチェコサービスをテーマに書いたのだけれど、徐々に改善されているとは言っても、未だ変わらずである。

さて、今日3月22日水曜日。
朝から強めの雨が降っていた。
週のなか日で雨が原因なのか、朝から奇妙なドライバーが多かった。
この分野でも「日本的当たり前思考回路」は通用しない。
子供を学校に送る車が横断歩道で停車して子供を下車させ後続車の渋滞を作り出す。
後方確認もせず車線変更して来た車に追突しそうな市営バス(私も乗車)がいる。
そのバスドライバーは乗客の事を考えず彼ペースで急アクセルと急ブレーキの繰り返しで走行し、乗客はよろけまくる。
挙句の果ては地下鉄の運転士が驚きの行動をとった。
ムゼウム駅で乗降に時間が掛かり過ぎた客がいたらしく車内放送を使って叫んのだ。
「どんだけ時間かかってんだ!デビル!」

よいのか、わるいのか
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2017.03.13 (Mon)

細矢チェコ成人の宴

二回続けて20年ネタですみません。



一昨日の土曜日、プラハを代表する和食店のまし花さんにて、細矢チェコ成人の宴を開催しました。

年度末でお仕事お忙しい中、予想をはるかに上回る30名をも超える方に参加して頂きまして感激、感涙、感謝でした。

また、キャパの関係でお断りしなくてはいけなかった方、申し訳ございませんでした。
猛省、反省、内省しております。

とても感激し高揚していたのでお酒の周りが早かったのか、宴の詳細がすっ飛んでしまっていますが、とにかく楽しく飲み、食べ、話し、笑ったと認識しています。
が、みなさま、いかがでしたか?


これからも精進して参りますので、ご支援ご愛顧のほどよろしくお願いします。

最後に、まし花さん、土曜日と言う稼ぎどきにも関わらず、たくさんの美味しいお食事を準備して頂きまして本当にありがとうございました!
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13:34  |  くだらないけど・・・の話  |  トラックバック(0)  |  コメント(3)  |  編集  |  Top↑

2017.03.08 (Wed)

20年、プラハたられば男

1997年3月7日。
すでに25歳になっていたが若僧なる私がバブル崩壊による不景気から逃げるが如く、そして新天地への期待を持ち、成田を飛び立っていなければ…。


座席の背もたれが前に、通常とは逆にリクライニングする古いアエロフロートでモスクワへ飛び、監視の目が光るトランジットホテルで一泊したのち、翌1997年3月8日にプラハに降り立っていなければ…。


プラハで観光ガイドという仕事を始めた事で、他の旧共産圏国を見たいと考え、観光ビザを取りまくっていなければ…。


ルーマニアで長野オリンピック開会式を見ていなければ…。


空爆前のベオグラードに行っていなければ…。


スロベニアにもクロアチアにも行っていなければ…。


スタンプコレクターよろしく、こんなに出入国スタンプを押していなければ…。


偽造パスポートに間違えられるような増刷をしていなければ…。


クロアチア好きにならなければ…。


2003年に車を買っていなければ…。


アルバニアを見たいと思っていなければ…。


パスポート更新してもバルカン諸国に興味を持っていなければ…。


もっとたらればはあるなぁ。
観光ガイドだけではチェコ語を覚えられないと、チェコ人スタッフオンリーの某お店で働いていなければ…。

あの時もっと強く引き止めていれば…。

でもそうしたら今の俺ではなくなっていたんだなあ。

2017年3月8日の今日、プラハ在住満20年になりました。
まさか20年前にこんな人生を送るとは考えていませんでしたが、ボヘミアンマジックにかかってしまいこの通りです。
ボヘミアンマジックの威力は強大で解けそうもありません。
てか、ボヘミアンマジックが解ける時が来るのだろうか…。

いずれにせよ、チェコにいる方、チェコに来る方、チェコにいた方、これからもよろしくお願いします。


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06:46  |  くだらないけど・・・の話  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2017.03.01 (Wed)

スラブ叙事詩 in 東京

3月8日より東京国立新美術館にて、我らが巨匠、アルフォンス ムハ(ミャシャ)作のスラブ叙事詩20点が展示されます。
圧倒させる迫力と細部にまで行き届いた緻密さで、観る者を唸らせる絵である事は間違いありません。

ちなみに全くをもって関係ありませんが、3月8日は私がプラハに来た日です。
その日からムハ展が始まるなんてなんて偶然なのでしょう!と勝手に感激しています。

そのスラブ叙事詩はただ単に絵を観ただけでは「すごい!きれい!」で終わってしまいます。
それでは勿体無さすぎるのです。
そこで、2012年8月にすでに当ブログで書いた「スラブ叙事詩」をほんの少しだけ書き直してアップする事にしました。
全20点の細矢的解説です。
日本ではよく知られていない歴史的背景も書いているので、当ブログを読むことでますます分からなくなるかもしれませんが、スラブ叙事詩を観る事はチェコ及びスラブ圏についてより知る事になるので、そのお手伝いになれば良いかなと勝手に考えています。

また東京ではどのような順序で展示されているか分かりませんが、プラハで展示されていた絵の順序で解説しています。

スラブ叙事詩は20点あるわけです。
1枚の絵に2分掛けても40分掛かる事になります。
3分で60分、5分掛けたら100分です。
それでもあっと言う間に時はすぎるでしょう。

↓それでは、スラブ叙事詩の世界にいってらっしゃい!
スラブ叙事詩序
スラブ叙事詩 スラブの起源
スラブ叙事詩 リューゲンのスヴァントヴィトの祝典
スラブ叙事詩 スラブ式典礼の導入
スラブ叙事詩 ブルガリア皇帝シメオン1世
スラブ叙事詩 チェコ(ボヘミア)王オタカル2世
スラブ叙事詩 セルビア皇帝ステファン・ウロシュ・ドゥシャン、 東ローマ帝国皇帝の戴冠
スラブ叙事詩 クロムニェジージュのヤン・ミリーチュ
スラブ叙事詩 グルンヴァルドの戦いのあと
スラブ叙事詩 ベツレヘム礼拝堂でのヤン・フスの説教
スラブ叙事詩 クジージュキの集会
スラブ叙事詩 ヴィートゥコフの丘の戦いのあと
スラブ叙事詩 ペテル・ヘルチツキー
スラブ叙事詩 フス派の王 ポデェブラディのイジー
スラブ叙事詩 ニコラ・ズリンスキによるシゲトの防衛
スラブ叙事詩 イヴァンチツェの同朋学校
スラブ叙事詩 ヤン・アモス・コメンスキー
スラブ叙事詩 アトス山
スラブ叙事詩 スラブの菩提樹の下での青年の誓い
スラブ叙事詩 ロシアでの農奴廃止
スラブ叙事詩 賛美「人類のためのスラブ人」

いかがでしたか?
もし読みにくい、分かりづらい、物足りない、そう言う点は、美術館で詳細な解説書が販売されているでしょうからそちらで補ってくださいね。
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10:00  |  アルフォンス・ムハ スラブ叙事詩  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)  |  編集  |  Top↑

2017.02.20 (Mon)

ささやかな喜び

ついに実現した。
ひょっとしていたらすでに、何人もの子たちが来ていたかもしれないけれど、
偶然にも実現した時はやっぱり嬉しかった。
成長した我が子を見る親の気持ちとはこんなものなのかな。
ん~、日々の成長を見ているわけではないから親ではないな、
それならば、甥姪の成長を見る親戚のおじさん、
もしくは孫の成長を見るのおじいさんの気持ちかな。

冬、1月後半から2月、3月前半は卒業旅行、学生旅行の数が増える。
2016年はテロなどの関係で学生旅行の数は少なかったけれど、
2017年、今シーズンの学生旅行の数はかなり多い。

さて、何が実現したかというと、学生旅行のグループ内に、
以前チェコで生活していたJDがいたという事である。
彼女のお父様の仕事の関係で、10年前に4年間ほどプラハにいたと告白してきたのだ。
いま20歳だとしたら当時は小学校4年生か5年生で、聞くと日本人学校に通っていたと言う。
そこで、私が知っている当時のチェコ在留者を思い起こしてみて、
先生、児童など数名の名前を上げてみると、お兄さんがK君の親友だったり、
Y君、F君、U先生など知っている人が多く、彼女は驚くも懐かしむ表情をし、
こちらはそんな話題が出た事になんだか嬉しくなった。

さてさて、今、プラハ日本人学校には90名近くの児童がいる。
彼ら彼女らが日本に戻り、日本で学んで、再び学生旅行でプラハに戻ってくる。
小さい時に感じたプラハと、大きくなってから改めて見るプラハ、どんな感じを持つのだろう。
そんな彼ら彼女らを見てみたいし、応援したい。

さてさてさて、今、プラハ日本人サッカーチーム「アマテラス」には3~5歳の子たちが多い。
彼ら彼女らが20歳になる頃は、私は還暦になっていて、もうおじいちゃんだ。
それでも覚えていてくれて、もし学生旅行でプラハに来たら、
「細矢さ~ん」と呼びかけてくれると最高にうれしいですね。

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14:51  |  くだらないけど・・・の話  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)  |  編集  |  Top↑

2017.02.16 (Thu)

プラハを探す ニコラス ウィントン

日本人会会報2月刊行の内容と被ってしまい申し訳ございません。
しかしながら、当ブログでもニコラス ウィントンを紹介したいと思います。
ニコラス ウィントンについては日本にいる友人から情報を得ました。
『ニコラス ウィントンと699人のこどもたち』というタイトルで映画にもなっているようです。


ニコラス ウィントンは1909年5月19日にロンドン生まれた英国人です。
両親はドイツ系ユダヤ人でしたがユダヤ教徒ではなく、宗教色も濃くなく、
よってニコラスもユダヤ人の血を引き継いでおりましたがキリスト教の洗礼を受けていました。
仕事は主に株のブローカーでビジネスマンだったのですが、どの神が手綱を取ったのか分かりませんが、
1939年3月14日から8月2日までにユダヤ人も含め699人ものチェコの子どもたちの命を救う事になったのです。

1938年9月、ミュンヘン協定にてチェコスロバキアはズデーテン地方をナチスドイツに割譲されました。
その後のナチスドイツの動向(チェコ侵攻の予測)と侵攻後の対処として、
イギリスにあるチェコ難民委員会は難民救出活動を行っていました。
しかし人手が足りず、ニコラスに救援依頼が掛かったのです。
ニコラスはスイスへのスキー休暇を取る予定でしたが、
予定を変更して救出活動の援助をするためにプラハに来ました。
救出活動を目の当たりにしたニコラスは、子供の救出に手が回っていない事を知り、
本国イギリス内務省の許可を得て、里親や身元引受人となる人々も確保し、
子供たちの救出活動を開始しました。

当時は旅客機など飛んでいないので、もちろん陸路で移動するしかありません。
プラハ本駅(当時ウィルソン駅)を出発した救出列車はドイツのニュルンベルク、
ケルンを経由してオランダのフク ファン ホラントに到着し、そこから船に乗り換えイギリスのハリッジへ渡り、
再び列車に乗り換えてロンドンに向かうルートを取りました。
その救出列車を1939年3月14日から8月2日まで8度運行させ、
699人もの子供たちの命を救ったのです。
本当は9月1日にも250人の子供を乗せた列車がプラハを出発したのですが、
列車はプラハに引き返して来ました。
なぜなら同日に第二次世界大戦が勃発してしまったからです。
そんなニコラス ウィントンは英国のシンドラーとも呼ばれ、チェコ政府からもいろいろと表彰され、
2015年7月1日に106歳という長寿で亡くなりました。


ちなみに2009年9月1日にウィントン列車がプラハ本駅を発車しました。
この日は戦争勃発の影響で成功裡には至らなかったラスト救出日から70年に当たり、
当時の救出ルートでロンドンまで4日かけて移動するプロジェクトが企画実現されたのです。
当時のように蒸気機関車を手配し、実際に救出された子供たち22名を始め、
彼らの子、孫など総勢170名が乗車してロンドンに向かいました。
そして終着駅のロンドン・リバプールストリート駅では、
ニコラス ウィントン自らが当時のように彼らを待ち受けていたのです。
一方、出発駅のプラハ本駅では列車出発前に、ニコラス ウィントン像の除幕式が行われました。
その銅像は今もプラハ本駅1番線ホームに立っています。
駅に行く機会がありましたらぜひご覧ください。


2月15日現在では駅工事の関係で銅像は木箱の中にいます。
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2017.02.04 (Sat)

祝 平成の大家族

日本は少子高齢化時代です。
ニュースによると65才以上の高齢者が日本人人口の25%を越えたとありました。
25%と言ったら日本人の4人に1人が高齢者になるわけです。
2016年9月に総務省が発表した統計では、日本人総人口で65才以上の男女が27.3%を占めています。
さらに5才階級分けすると以下の通りです。
70才以上19.2%
75才以上13.4%
80才以上8.2%
85才以上4.2%
90才以上1.6%
95才以上0.4%
100才以上0.1%

逆に0才から14才までの人口比率はなんと12.6%しかありませんでした。
興味深いデータなので15~19、20代、30代、40代、50代と年代別のデータも見たかったのですが、その資料には「敬老の日にちなんで」と前置きがあったため細かな年代別はなく、ざっくりと15才から64才まで60.2%とのデータしか発表されていませんでした。

そこで、総務省が発表した他の資料を探してみると2017年1月1日現在での概算値を発表しているものがありました。
5才階級分けになっていて、単位は万人です。
0~4:496
5~9:529
10~14:550
15~19:604
20~24:615
25~29:635
30~34:722
35~39:805
40~44:966
45~49:941
50~54:789
55~59:754
60~64:808
65~69:1024
70~74:742
75~79:661
80~84:520
85~89:329
90~94:150
95~99:39
100~:7

この資料を見ても圧倒的に65~69才、いわゆる団塊の世代が多く、その次に第二次ベビーブームでもある団塊ジュニア世代が続いているのが分かります。
私はまさに団塊ジュニア世代です。

しかしいくら長寿国とは言っても100才以上が7万人もいるのには驚きました。
資料を詳しく見ると100才以上の内訳は男性1万人で女性6万人となっていました。
はやり女性は元気なのですね。

またバブルが崩壊し不景気になってから、平成ベビーでもある29才以下からの人口数が減少しているのも分かります。
バブル崩壊が育児環境をも崩壊したのかもしれません。

少子高齢化の話題になると、少子化については晩婚、社会保障、労働環境、生活環境、育児環境など諸々の問題が取り上げられ、高齢化では定年年齢、年金、医療、介護などの制度問題が取り上げられ、それらが平行線で交じる事なく永遠と話されています。
しかし、出生率を上げない限りは人口増加はあり得ず、少子高齢化の改善にはならないのですから、高齢者のための制度を熟考するのはもちろん大切ですが、それよりも出生率向上や育児環境改善のための制度を熟考する方がより重要だと私は考えています。

焼け跡世代や団塊の世代とも呼ばれる60代半ばから70代の方々は、戦後の苦しい時代にがむしゃらに働いて日本の高度成長を築き上げた世代でもあるので敬意を払う必要があります。だから当然、生活し易い環境を整えなくてはなりません。
それに続く団塊ジュニアもあと20年後には当たり前のように高齢者になり、団塊の世代は90代になる頃です。
その時、元気で歩いている自信はありますか?

考えて下さい。
その時に日本を支えてくれる世代が今の子供達なのです。だから高齢者や準高齢者は彼らが生活し易い環境を準備し整えてあげなければならないのです。
年寄りが自身の利権ばかり求めていたらダメなのです。
そうでなければ日本人は絶滅危惧種になってしまうでしょう。

プラハでピヴォに似つかわしく無い、少々お硬い話になってしまいました。
独身未婚で、当然、子供を持たない私がこのような話をしても説得力は皆無なのは理解しています。

現に私もこんな硬い話をだらだら書くつもりはなかったのです。
ただただ、おめでとう!とだけ書きたかったのです。

2月4日に妹が7人目の赤ちゃんを出産したのです。
このご時世、7人って…。
男男女男男男と続いて2人目の女の子だそうです。
甥姪よ、良かったな!
特に姪よ、念願の妹ちゃんができたな!
妹よお疲れ様。
ゆっくり休んでください。





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